悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
 結局、学園も病欠で休むことになり、イザベルはおとなしくベッドの上で過ごすことを余儀なくされた。

(おなかすいた……)

 お昼におかゆを食べたあと、いつの間にか、ぐっすり寝てしまったらしい。時計を見やると、すでに夕方の時間になっていた。
 軽く何か食べよう、とイザベルは起き上がる。着替えるのも手間だったので、そのままベッドから抜け出し、ゆっくりとドアを開ける。
 ドアから顔をのぞかせて周囲を見渡していると、「ごほん」という咳払いがして声が裏返る。

「ひゃっ!」
「……驚かせてしまい、申し訳ございません。イザベル様、もう起きて大丈夫なのですか?」

 メイド長のメアリーだった。銀フレームの眼鏡のふちを指先で持ち上げ、厳しい視線がイザベルを射る。
 その顔には、寝間着ではしたない、という呆れがにじみ出ていた。
 ごまかさなくては、とイザベルは努めて明るく言う。

「まあ、メアリー。偶然ね! これでもかってぐらい寝たから、もう平気よ。……それより、何か用事だったのではないの?」
「……そうでした。フローリア・ルルネという方が面会にいらっしゃっています。こちらにお通ししてもよろしいでしょうか?」
「え、リシャールはどうしたの?」

 時間的に、中等部に通っているリシャールはもう帰宅しているはずだ。
 こういうとき、颯爽と現れるのは彼の役目。見習いとはいえ、彼はイザベル専属の執事なのだから。
 メイドが取り次ぎ役をするなんて、めずらしい日もあるものだ。

「リシャールでしたら奥様から買い物を頼まれたらしく、外出しております」
「そう……。フローリア様は同じ学園の方なの。丁重にここまでお連れしてもらえる?」
「かしこまりました」

 言うや否や、メアリーはきびきびとした動作で去っていった。イザベルはネグリジェにカーディガンを羽織り、いそいそとベッドに舞い戻る。
 その数分後、制服姿のフローリアが姿を見せた。その顔色はどことなく暗い。

「お加減はいかがですか? イザベル様」
「熱も引いたし、もう大丈夫ですわ。それよりフローリア様、今日はどうなさったの?」

 家まで来るなんて、何か急用だろうか。それとも、深刻な悩みでもあるのだろうか。学園では話せない話題となると、その答えは必然的に絞られる。

(きっと、疑われているわよね。誤解だと言って信じてもらえるかしら。……わたくしが逆の立場なら難しいわね。いや、そもそも違う用件という可能性も……)

 いろいろ勘ぐるイザベルに、フローリアはぺこりと頭を下げた。

「突然のご訪問、お許しください。体調を崩されたと聞いて、心配で……」
「いいえ、わざわざ来てくださってうれしいわ。あ、おいしい紅茶があるのよ。ぜひ召しあがっていって」

 ドア付近に控えていたメアリーに目配せすると、心得たように退室していく。
 二人きりになったのを確認し、フローリアは重い口を開いた。

「あの、今から言うことが失礼にあたるとは、重々承知なのですが。どうしてもお話ししたくて」
「……失礼とか、そういうことは気にしないで。ここは学園ではないもの。上下関係とかないわ。それに、あなたとわたくしは、同級生なのだから。何か話したいことがあるのなら、遠慮なく話してくれていいのよ」

 できるだけソフトに言うと、フローリアの緊張の糸がゆるんだ気がした。

「本音を言いますと、嫌がらせをしてきたのはイザベル様ではないか、と思っていました」

 そうだろうとも。イザベルは心の中で同意した。

「でも今回のことで、それは違うということがハッキリとわかりました。首謀者は別にいます。そして、その罪をイザベル様に着せようとしてしています。……少しでも疑ってしまって本当に愚かしいことをしました。お許しください」

 粛々と謝られ、イザベルは狼狽した。

「い、いえ。フローリア様が謝る必要はありませんわ。わかっていただければ、それで十分ですもの」
「まあ、なんと寛大なお心をお持ちなのでしょう。さすが、ジークフリート様の婚約者でいらっしゃいますね。あの、イザベル様……」
「何でしょう?」

 フローリアは緊張しているのか、顔がこわばっていた。思い詰めたような表情を見て、イザベルの心もざわつく。

(……そもそも、悪役令嬢の自宅イベントなんてなかったはずよね?)
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