悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
 いきなり対決イベントになる可能性はゼロだと思いたい。切実に。
 しばらく見つめ合うこと数分。やがて、フローリアは唇をキュッと引き締めて、おもむろに口を開いた。

「もし、よろしければなのですが……私とお友達になってくださいませんか?」
「…………」
「私は成り上がりの男爵の娘です。学園内でも風当たりが強く、まだ打ち解けられる友達がいないのです。イザベル様は地位や名誉などではなく、自分自身を見てくれる方。そんなあなただからこそ、もっと仲良くなりたいと思いました」

 真摯なまなざしが注がれ、イザベルは言葉が出なかった。

(……やっぱり、おかしい)

 イザベルの記憶にあったヒロインは、こんな風に芯が強く、ハッキリとした物言いをするタイプではなかったはずだ。その場の雰囲気に流されやすい天然キャラから一変し、むしろ、イザベル好みのキャラになっている。

(あのポワポワした思考回路の主人公は、一体どこへ行ったの?)

 目の前の彼女は、イザベルの知っているフローリアではない。
 数ある恋愛イベントを、プレイヤーの指示どおりに演じる傀儡とは到底思えない。ここにあるのは、気高い志を持った一人格だ。
 もはや、ゲームの主人公とは別人と考えるべきだ。
 そんな彼女が口にした願いをむげに扱うのは、とても心苦しい。苦渋の決断の末、イザベルは頷いた。

「フローリア様。わたくしでよければ……お、お友達になりましょう!」
「はい! ありがとうございます、イザベル様」

 フローリアはイザベルの手を取り、天使のような笑みを浮かべる。そのとき、フローリアの周囲に、脳内補正でキラキラのエフェクトが追加された。
 イザベルは、イベントスチルをゲットしたときような高揚感に包まれる。

(ああやっぱり、このイラストレーターさんのキャラを前にして、胸がときめかない人なんていない……っ)

 好きな絵師が描くキャラはどれも魅力的だ。ましてや、そのキャラクターが実際に動き、自分に対して笑顔を向けた日には、いつお迎えが来てもいい。そう思わせるだけの破壊力があった。
 しかし、悪役令嬢と仲良くなってしまって、彼女の評価は大丈夫だろうか。一抹の不安を覚えたイザベルだったが、目の前の笑顔につられて顔がゆるんでしまう。

(笑顔がまぶしい……何これ、眼福だわ……!)

 今仕方、浮上した問題点について、イザベルは考えることを先送りにした。
 やがてメイドが持ってきた王宮御用達の紅茶を振る舞い、心ゆくまでティータイムを楽しんだ。
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