悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
 エルライン家の玄関前には、お迎え時と同じように、オリヴィル公爵家のリムジンが横づけされていた。
 お土産用にもらったクッキーが入ったバスケットを抱え、イザベルは婚約者を見上げる。約二十五センチの身長差は、見上げる角度も少しきつい。

「イザベル。今日は楽しめたか?」
「ええ、もちろんです!」

 断言すると、ジークフリートは一瞬驚いたように固まる。だが、次の瞬間には柔らかく笑い、頭をぽんぽんと撫でられる。

(身長のせいもあるだろうけど。まるで、妹のような扱いだわ……)

 しかし、この大きな手は好きだ。髪を撫でる手つきは優しく、親愛の情が伝わってくる。
 ふっと頭に載せられていた重みがなくなり、イザベルは目線を上げる。
 ダークブラウンの瞳をゆらめかせ、ジークフリートは切なげに別れの言葉を口にする。

「また誘うよ」
「ええ。いつでもお待ちしておりますわ」

 ジークフリートは片手を上げ、車に乗り込む。そのまま去っていく車を見送り、イザベルはため息をこぼす。
 ヒロインとの好感度が一定以上高くなると、次のイベントに進むはずだ。そして、フローリアとの仲が深まるにつれ、婚約者の自分の存在はわずらわしいものになる。

(引き際は今だわ)

 たとえ、悪役令嬢フラグを折るのに失敗したとしても、ゲームのように振る舞うのは危険だ。リスクが大きすぎる。

(今後は、誘われても理由をつけて断らないと)

 自滅エンド回避には、ヒロインとのイベントで悪目立ちするのを避ける必要がある。間違っても「ジークフリートにつきまとう悪役令嬢」と思われる真似はしてはならない。
 まずは距離を置くべきだ。

(……避けたりしたら、ジークは悲しむかしら)

 帰り際の幸せそうな笑みを思い出し、イザベルは胸に手を当てる。
 良心が痛むのか、胸のズキズキは大きくなるばかりだった。
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