悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
 週明けの日常はたんたんと過ぎていく。
 イザベルがナレーションをつけるなら、そう締めくくっていただろう。正午の鐘が鳴って談話室に向かう途中、後ろから呼び止められるまでは。

「……クラウド。人気がないところでしかできないお話は何かしら」
「うん。こんなところに呼び出してごめんね」

 辺りは静寂に包まれている。部活動に励む生徒の声すら聞こえない。
 場所は、旧校舎近くにある体育倉庫の前。古びた倉庫は、予備の用具が押し込まれている関係からか、南京錠で施錠されている。だいぶサビが目立つが、ほぼ使われることはないから問題ないだろう。

(問題は……どうして呼び出されたのかってことよね) 

 これが恋愛イベントなら、告白という展開もあり得るだろうが、目の前のクラウドの顔を見るに、そんな雰囲気でもない。
 思いつめたような沈鬱とした表情は、いったい何があったのだろう。思い返せば、朝も様子がおかしかった気がする。

「……イザベル」
「は、はいっ!」

 ただならぬ空気を感じ、イザベルは背筋を伸ばした。

「フローリアは俺の昔なじみなんだ。だから、彼女が困っているなら助けたいと思ってる」

 非常に回りくどい表現だが、フローリアというキーワードで、イザベルは彼の言わんとすることに察しがついた。
 要するに、これは牽制だ。自分の立ち位置と、どうしたいかを前もって明示することで、相手の出方を窺っている。
 だが、状況を理解すると同時に困惑してしまう。

(どうしよう……。クラウドから敵認定されたら、完全に悪役令嬢に仕立て上げられる……。それに、せっかく獲得した友人枠が悪役枠に……)

 乙女ゲームでいう分岐ルートだ。ここは慎重にならなければならない。ゲーム画面の下に出てくるであろう選択肢を考える。

 一、身の潔白を訴える
 二、フローリアに同情する
 三、困っている内容を聞く

 この場合、彼の中で悪役令嬢フラグを取り消すには、どの選択肢が正解だろう。
 イザベルは熟慮の末、良心に従うことにした。

「……信じてもらえないかもしれないけど、フローリア様に嫌がらせをしているのはわたくしではないわ」

 犯人探しは難航している。実行犯は複数犯とみているが、誰が主導かまではつかめていない。証拠はないが、イザベルは無実だ。
 しかし、ただ「信じて」と言葉を重ねただけでは、すぐには信じてもらえないだろう。それに、無実の主張を繰り返す行為は、かえって怪しさ倍増になる恐れがある。

(これは……詰んだかもしれない)

 口を噤んでいると、先に沈黙を破ったのはクラウドだった。

「実は、こないだフローリアから報告を受けたんだ」
「……報告?」
「この学園で、初めての友達ができたって」

 どこかで聞いたことがあるようなフレーズだ。

「それって……」
「うん。イザベルと友達になったって、本当にうれしそうだったよ。でも立場とか周りの目とかあるから、学園では話すことも難しいけどね、とも言ってた」

 ハンカチ事件を思い出し、イザベルは顔をしかめた。
 悪役令嬢とヒロインでは、ただの挨拶ですら、宣戦布告と受け取られる。いつ誰が見ているかわからない学園内では、確かに会話すらままならない。

(本当は、もっと仲良くなれたらいいのに)

 イザベルの心の声を拾ったように、クラウドが静かに確認する。

「君は何もしていないんだね?」
「もちろんよ!」

 即答すると、クラウドの硬かった雰囲気が緩んで、いつもの優しい表情に戻った。

「俺はイザベルを信じるよ。一緒に真犯人を暴こう」

 なんとか、今回の危機は脱したらしい。ホッとしたイザベルは、差し出された手を握りしめた。
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