悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
 その後、様子見に来たメイドと入れ違いで現れたのは、予想外の人物だった。

「気づいたか、イザベル」
「ジークフリート様! どうしてここに?」

 彼はフローリアに花束を渡していた。白薔薇の貴公子らしく、純白の薔薇を彼女に差し出していたはずだ。
 なのになぜ、イザベルの家にいるのか。フローリアはいいのかと、心配になってしまう。
 そんな心情を見透かしてか、ジークフリートは顔を一瞬しかめた。そのままベッドそばにある椅子に座り、至極真面目な顔で答える。

「どうしてもこうしても、君は僕の婚約者だろう。婚約者が倒れたのならば心配にもなる。だいぶうなされていたようだが、もう大丈夫なのか」
「……え、うなされていました?」
「ああ。崖がどうのこうの、人生は儚いだの、何やら悲愴めいた言葉をつぶやいていた」

 恥ずかしい。穴があったら入りたい。

「……申し訳ございません」
「謝る必要はない。体調が悪かったのなら、無理して参加する必要はないというだけだ。それにいつも言うが、僕のことはジークと呼ぶように」
「ジーク様……」
「様づけもいらない。婚約者なのだから、二人きりの時ぐらい呼び捨てで構わない」

 ジークフリートは素っ気ない口調で顔を背けたが、その両耳は少し赤い。もしや、彼も太陽にやられて熱っぽいのではないだろうか。

「ええと、あの……ジーク? わたし……わたくしはもう大丈夫です」
「そうか。それならいい」
「お耳が少し赤いようですが、発熱などの症状はありませんか? 医師を呼んで参りましょうか」

 イザベルが言うと、ジークフリートはすぐさま立ち上がった。

「僕は大丈夫だ。君が元気そうで安心した。急用を思い出したので、これで失礼する」
「あ、はい。ご心配をおかけしました。どうぞ、お気をつけて」

 できるだけ自然に見えるように、笑顔で見送る。ジークフリートはばつが悪そうに目をそらし、宣言どおりに退室していった。
 何か機嫌を損ねるようなことをしてしまっただろうか。イザベルは首を傾げ、その原因を考える。

(うーん……やっぱり思いつかない。本当に用事を思い出しただけなのかも)

 ドアを閉めた向こう側で、ジークフリートが赤面した顔を手で覆っていることなど、イザベルには想像できるはずもなかった。
< 6 / 121 >

この作品をシェア

pagetop