悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
高等部の校門で待っていたリシャールは、イザベルの姿を認めると、完璧な角度で膝を折って主人を迎えた。後部座席をさっと開く動きも無駄がない。
だがイザベルはリムジンには乗り込まず、ドアのそばで控えている執事に声をかける。
「リシャール。今日はちょっと寄るところがあるから……」
「かしこまりました。お供いたします」
「いやだから、一人で先に帰ってほしい、って意味だったのだけど」
「お嬢様を一人にはできません」
一刀両断されて、イザベルは一瞬言葉に詰まる。
(むむ……こんなことで簡単にくじけてはだめよ、イザベル!)
自分を鼓舞し、反撃を試みる。
題して、泣き落とし作戦だ。行列のお菓子をあと一歩というところで、完売とアナウンスされたときの前世の悲しみを思い出し、目尻に涙を浮かべる。
「……つまり、わたくしは信用されていないということね」
「私はイザベル様の専属執事です。身辺警護も職務のうちですので、ご容赦ください」
謝罪の体を取っているが、胡散臭いピュアな笑顔のせいで、誠意が全く感じられない。というより、泣いて同情を誘う予定が狂った。これでは、一人きりになる作戦は失敗だ。
イザベルは真顔に戻り、先ほどの言葉に訂正を入れる。
「専属執事といっても、正確には執事見習いだけどね」
「見習いで不安ということでしたら、エルライン家からメイドと従僕を呼び寄せますが……」
「その必要はないわ。あなたは見習いとはいえ、執事としての仕事ぶりは優秀だもの」
「お褒めにあずかり、恐縮でございます」
だから今日は見逃して、一人にはしてくれないだろうか。そんな風に視線で問いかけるが、笑顔でスルーされた。
(敵は一枚も二枚も上ということね……)
自分の執事の目を出し抜ける想像が全くできない。こうなったら、一人きりでの寄り道は諦めるよりほかないだろう。
幼少からお守り役としてそばにいた彼にとって、イザベルの考えを見越して先回りすることは造作もないはずだ。長年の経験則から、彼に勝つビジョンが見えない。
時には諦めも肝心である。
「徒歩で行きたいから、ついて来てくれる?」
「承知しました。ちなみに、どちらへお出かけになるのですか」
行き先を質問されて、イザベルは持っていた学生鞄を無言でリシャールに預ける。
事前に用意していた回答を口にすべきか、しばし逡巡する。
けれど、返事がないことを訝しんだような気配をちくちくと感じ、イザベルは早々に折れた。遠かれ早かれ、わかることだと自分に言い聞かせて。
「……クレープ店よ。期間限定のメニューがあるの」
「期間限定、ですか」
「今週から売り出されたとメイドたちが興奮して話していたわ。行列に並んでも即完売、なかなか食べることができないという幻のクレープなの。午後は、夕方から販売しているそうよ」
自宅で仕入れた情報をそのまま伝えると、リシャールは一拍の間を置いて、呆れたような目線を向ける。
負けじと睨み返すと、諦めたように頭を下げられた。
「わたくしが行列に並んで買ってきますので、お嬢様はお車でお待ちください」
「だめよ。並ぶのも楽しみの一環なんだから」
いつもなら譲歩するところだが、今日ばかりは、伯爵家名誉のためのお願いは聞いてあげられない。
リシャールの横をすり抜けて、並木道を歩き出す。すぐに足音が後ろに続いた。お小言が飛んでこないことから、彼も折れてくれたのだろう。
(委員が発表された日から計算して、そろそろ買い出しイベントがあるはず。本来は攻略相手と出かけるけど、ジークは委員ではなくなったし……今は白薔薇ルートだから「紅薔薇の君」のクラウドが出てくるわけがない)
買い出し先では、攻略相手によって特有イベントが発生する。そんな重要なシーンで違う攻略キャラがでしゃばるとは考えにくい。
となると、フローリアは誰と買い出しに行くのか。非常に気になる。
エンディングの心配もあるが、本音を吐露すれば、好奇心の方が大きい。気分は完全なる野次馬だ。
(どのルートでも、ヒロインは一度教師につかまって、学園から出るまでに時間がかかったはず。クレープでも食べながら、広場で待ち伏せしてみましょう)
*
行列に並ぶこと二十分弱。思ったより早く列が進み、イザベルは無事に期間限定のクレープをゲットした。
一番上には、旬のマスカットの大粒が並んでいる。クレープ生地には生クリームにキャラメルソースとナッツをちりばめ、ふわふわとサクサクした食感がコラボし、さわやかな味わいが堪能できた。
(やっぱり、季節のフルーツは格別ね)
美味しさに舌鼓を打って完食すると、見慣れた制服が近づいて来るのが見えた。クレープを包んでいた包装紙を小さく畳んで、ゴミ箱に捨てる。
そして噴水の近くのベンチに腰かけ、甘い匂いにつられて足元をトコトコと歩く鳩を見下ろす。一羽、二羽と、だんだんと鳩の数が増えていく。
(困ったわね。もうクレープはないんだけど……)
鳩は小さな瞳でお菓子はまだか、という風にイザベルを見上げる。増える鳩と無言の圧力を感じながら内心焦っていると、ふと高い声が耳に届く。刹那、餌を迫っていた鳩の群れは空に羽ばたいた。
「イザベル様。ごきげんよう」
「え、ええ……偶然ね」
実際には待ち伏せをしていたのだが、ここは偶然を装うことにする。幸い、横に控えているリシャールは無言を貫いている。
一方、フローリアは疑うそぶりは一切なく、友達に出会えたことに純粋に喜んでいるようだった。
「本当にびっくりしました。でもお会いできて、うれしいです」
「フローリア様はお買い物?」
「そうです。星祭り実行委員の準備で、私たちが買い出しメンバーになりまして。……あ、こちらはラミカさん。同じクラスなんですよ。前からお世話になっているのですが、同じ委員に選ばれたんです」
フローリアに紹介され、後ろにいたラミカが前に出て一礼する。
艶のある黒髪が腰まで伸び、灰色の目元を隠すように、縁なし眼鏡の上部がきらりと反射する。髪の色のせいか、儚げな印象を抱いてしまう。
ところが、見た目の印象と反して、彼女はハキハキとした口調で自己紹介した。
「直接お話しするのは初めてですね。ラミカ・アムールです」
「アムール男爵のご息女ね。イザベル・エルラインよ」
悪役令嬢の仮面を被り、社交辞令用の笑みで応える。
(彼女がラミカさんね……。リシャールのパイプ役をしていた、ナタリア様の取り巻きの一人。クラスメイトとしての信頼を得て、フローリア様の情報を流していたわけね)
リシャールの様子を盗み見るが、ラミカの挨拶を聞いても、ピクリとも動きがない。デッサンのモデルの彫像さながらに微動だにしない。
(猫なで声の先輩とは違って、気弱な下級生って印象だったけれど。フローリア様といるときは違うみたいね。あのときは、ナタリア派の威圧に怯えていたのかしら)
判断に迷っていると、フローリアが何気なく問いかける。
「イザベル様もお買い物ですか?」
「ええまあ……でも用事はもう終わったの。だから、わたくしにも手伝えることがあったら、なんでも言って」
ゲーム攻略の記憶が正しければ、買い出しリストは重いものも含まれていたはずだ。幸い、こちらにはリシャールという男手もいる。
本来はジークフリートと買い出しするはずだったのだ。イベントが狂った責任はイザベルにある。まさか、女子二人だけで来るとは思わなかったが。
しかし、イザベルの申し出に、フローリアは焦ったように手を横に振った。
「い、いえ……! イザベル様にそのようなこと頼めません。お気持ちだけで充分ですから」
だがイザベルはリムジンには乗り込まず、ドアのそばで控えている執事に声をかける。
「リシャール。今日はちょっと寄るところがあるから……」
「かしこまりました。お供いたします」
「いやだから、一人で先に帰ってほしい、って意味だったのだけど」
「お嬢様を一人にはできません」
一刀両断されて、イザベルは一瞬言葉に詰まる。
(むむ……こんなことで簡単にくじけてはだめよ、イザベル!)
自分を鼓舞し、反撃を試みる。
題して、泣き落とし作戦だ。行列のお菓子をあと一歩というところで、完売とアナウンスされたときの前世の悲しみを思い出し、目尻に涙を浮かべる。
「……つまり、わたくしは信用されていないということね」
「私はイザベル様の専属執事です。身辺警護も職務のうちですので、ご容赦ください」
謝罪の体を取っているが、胡散臭いピュアな笑顔のせいで、誠意が全く感じられない。というより、泣いて同情を誘う予定が狂った。これでは、一人きりになる作戦は失敗だ。
イザベルは真顔に戻り、先ほどの言葉に訂正を入れる。
「専属執事といっても、正確には執事見習いだけどね」
「見習いで不安ということでしたら、エルライン家からメイドと従僕を呼び寄せますが……」
「その必要はないわ。あなたは見習いとはいえ、執事としての仕事ぶりは優秀だもの」
「お褒めにあずかり、恐縮でございます」
だから今日は見逃して、一人にはしてくれないだろうか。そんな風に視線で問いかけるが、笑顔でスルーされた。
(敵は一枚も二枚も上ということね……)
自分の執事の目を出し抜ける想像が全くできない。こうなったら、一人きりでの寄り道は諦めるよりほかないだろう。
幼少からお守り役としてそばにいた彼にとって、イザベルの考えを見越して先回りすることは造作もないはずだ。長年の経験則から、彼に勝つビジョンが見えない。
時には諦めも肝心である。
「徒歩で行きたいから、ついて来てくれる?」
「承知しました。ちなみに、どちらへお出かけになるのですか」
行き先を質問されて、イザベルは持っていた学生鞄を無言でリシャールに預ける。
事前に用意していた回答を口にすべきか、しばし逡巡する。
けれど、返事がないことを訝しんだような気配をちくちくと感じ、イザベルは早々に折れた。遠かれ早かれ、わかることだと自分に言い聞かせて。
「……クレープ店よ。期間限定のメニューがあるの」
「期間限定、ですか」
「今週から売り出されたとメイドたちが興奮して話していたわ。行列に並んでも即完売、なかなか食べることができないという幻のクレープなの。午後は、夕方から販売しているそうよ」
自宅で仕入れた情報をそのまま伝えると、リシャールは一拍の間を置いて、呆れたような目線を向ける。
負けじと睨み返すと、諦めたように頭を下げられた。
「わたくしが行列に並んで買ってきますので、お嬢様はお車でお待ちください」
「だめよ。並ぶのも楽しみの一環なんだから」
いつもなら譲歩するところだが、今日ばかりは、伯爵家名誉のためのお願いは聞いてあげられない。
リシャールの横をすり抜けて、並木道を歩き出す。すぐに足音が後ろに続いた。お小言が飛んでこないことから、彼も折れてくれたのだろう。
(委員が発表された日から計算して、そろそろ買い出しイベントがあるはず。本来は攻略相手と出かけるけど、ジークは委員ではなくなったし……今は白薔薇ルートだから「紅薔薇の君」のクラウドが出てくるわけがない)
買い出し先では、攻略相手によって特有イベントが発生する。そんな重要なシーンで違う攻略キャラがでしゃばるとは考えにくい。
となると、フローリアは誰と買い出しに行くのか。非常に気になる。
エンディングの心配もあるが、本音を吐露すれば、好奇心の方が大きい。気分は完全なる野次馬だ。
(どのルートでも、ヒロインは一度教師につかまって、学園から出るまでに時間がかかったはず。クレープでも食べながら、広場で待ち伏せしてみましょう)
*
行列に並ぶこと二十分弱。思ったより早く列が進み、イザベルは無事に期間限定のクレープをゲットした。
一番上には、旬のマスカットの大粒が並んでいる。クレープ生地には生クリームにキャラメルソースとナッツをちりばめ、ふわふわとサクサクした食感がコラボし、さわやかな味わいが堪能できた。
(やっぱり、季節のフルーツは格別ね)
美味しさに舌鼓を打って完食すると、見慣れた制服が近づいて来るのが見えた。クレープを包んでいた包装紙を小さく畳んで、ゴミ箱に捨てる。
そして噴水の近くのベンチに腰かけ、甘い匂いにつられて足元をトコトコと歩く鳩を見下ろす。一羽、二羽と、だんだんと鳩の数が増えていく。
(困ったわね。もうクレープはないんだけど……)
鳩は小さな瞳でお菓子はまだか、という風にイザベルを見上げる。増える鳩と無言の圧力を感じながら内心焦っていると、ふと高い声が耳に届く。刹那、餌を迫っていた鳩の群れは空に羽ばたいた。
「イザベル様。ごきげんよう」
「え、ええ……偶然ね」
実際には待ち伏せをしていたのだが、ここは偶然を装うことにする。幸い、横に控えているリシャールは無言を貫いている。
一方、フローリアは疑うそぶりは一切なく、友達に出会えたことに純粋に喜んでいるようだった。
「本当にびっくりしました。でもお会いできて、うれしいです」
「フローリア様はお買い物?」
「そうです。星祭り実行委員の準備で、私たちが買い出しメンバーになりまして。……あ、こちらはラミカさん。同じクラスなんですよ。前からお世話になっているのですが、同じ委員に選ばれたんです」
フローリアに紹介され、後ろにいたラミカが前に出て一礼する。
艶のある黒髪が腰まで伸び、灰色の目元を隠すように、縁なし眼鏡の上部がきらりと反射する。髪の色のせいか、儚げな印象を抱いてしまう。
ところが、見た目の印象と反して、彼女はハキハキとした口調で自己紹介した。
「直接お話しするのは初めてですね。ラミカ・アムールです」
「アムール男爵のご息女ね。イザベル・エルラインよ」
悪役令嬢の仮面を被り、社交辞令用の笑みで応える。
(彼女がラミカさんね……。リシャールのパイプ役をしていた、ナタリア様の取り巻きの一人。クラスメイトとしての信頼を得て、フローリア様の情報を流していたわけね)
リシャールの様子を盗み見るが、ラミカの挨拶を聞いても、ピクリとも動きがない。デッサンのモデルの彫像さながらに微動だにしない。
(猫なで声の先輩とは違って、気弱な下級生って印象だったけれど。フローリア様といるときは違うみたいね。あのときは、ナタリア派の威圧に怯えていたのかしら)
判断に迷っていると、フローリアが何気なく問いかける。
「イザベル様もお買い物ですか?」
「ええまあ……でも用事はもう終わったの。だから、わたくしにも手伝えることがあったら、なんでも言って」
ゲーム攻略の記憶が正しければ、買い出しリストは重いものも含まれていたはずだ。幸い、こちらにはリシャールという男手もいる。
本来はジークフリートと買い出しするはずだったのだ。イベントが狂った責任はイザベルにある。まさか、女子二人だけで来るとは思わなかったが。
しかし、イザベルの申し出に、フローリアは焦ったように手を横に振った。
「い、いえ……! イザベル様にそのようなこと頼めません。お気持ちだけで充分ですから」