悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
「でも、数は多いほうがいいでしょう? 何か力になりたいの」

 もうひと押しだ。畳み掛けるように言うと、フローリアがうろたえた。ラミカと視線を交わしてから、イザベルに向き直る。

「実は……会場の飾り付けの備品をいくつか調達しないといけなくて。下町なら顔が利くので、これから行こうと思っているんですけど、荷物が多いので男手もあると助かります……」
「そういえば、クラウドは?」
「一般生徒のミゲルと一緒に、学生議会の会議に出ています。ミゲルは外部入学生なのですが、楽団との交友が広くて。決められた予算の中で、劇団や楽団と交渉しなければなりませんから、その段取りで協議している最中かと」

 クラウドが一緒ではなかった理由はそれか。納得したイザベルは、決定事項というように立ち上がり、この場を取り仕切った。

「じゃあ、二手に分かれましょう。フローリア様の馴染みの店には、フローリア様とラミカさんが行ってくださる? そのほかのお店は、わたくしとリシャールが回ってくるわ」
「……本当にお願いしてもよいのでしょうか?」

 ラミカが不安そうに尋ねる。
 確かに、星祭り実行委員でもないイザベルが手伝う理由はない。しかもエルライン伯爵家の権威を借りて、そこそこの地位にいる伯爵令嬢が自ら動く必要もない。
 しかしながら、状況は思ったより深刻だ。
 白薔薇ルートなのに、実行委員に選ばれたのはクラウド。買い物イベントに攻略対象が同行しないなんて事態、ゲームでは起こらなかった。
 イレギュラーの連続に頭が痛くなるばかりだが、その原因が自分にある以上、フローリアの手助けをしたい。
 現実として、彼女が困っているのも事実なのだから。

「大丈夫よ。わたくしも星祭りは楽しみにしているの。あまり役に立たないかもしれないけど、準備を手伝わせてほしいの」
「……わかりました。では、こちらが買い出しのリストです。よろしくお願いいたします」

 ラミカから受け取ったメモを大事に抱え、恐縮しっぱなしの二人を笑顔で見届ける。

「……リシャール」
「はい」
「何か言うことはあって?」

 今まで無言を貫いていた執事は目を細め、ひとつだけ、と前置きしてから述べた。

「イザベル様にとって、フローリア様はどういう方なのですか?」
「かけがえのない友人よ。婚約者に色目をつかう恋敵だと思っていた?」

 冷ややかに問うと、リシャールは感情を押し殺すように目を伏せた。

「……いえ、薄々そんな気はしていました。彼女を害することはイザベル様を敵に回すということですね」
「ふふ、そのとおりよ。彼女に何かしたら、たとえリシャールであっても許さないわよ?」
「肝に銘じます」

 翡翠の瞳を見据え、イザベルは牽制を込めて微笑んだ。
 その意味をすぐさま察したらしい彼は神妙に頷き、イザベルからリストを受け取る。

「これは……女性二人ではきつい量ですね。時間ももったいないですし、早速行きましょうか」
「ええ、そうしましょう」

 普通であれば、買い物は執事に任せて、主人はお茶でも飲んで待っているのが正しい主従関係だろう。だが、イザベルはただ待つだけのタイプではない。
 リシャールが先導する背中に続き、いざ買い物ミッションスタートである。

      *

 広場で時間つぶしをしていたイザベルは唇を尖らす。

「……おかしいわ。遅すぎる」

 彼女の後ろには、布やリボンなどが詰め込められた箱が積み重なっている。すべてリシャールに運ばせたものだ。

「そうですね。まさか迷子になることもないでしょうし……」
「一体、どうしたのかしら」

 フローリアにとって、城下町は庭のようなもの。なかなか自由に外出できないイザベルと違って、裏道も熟知しているはずだ。彼女たちに任せた買い出し先は、フローリアの知己の店。可能性はゼロではないが、店主と問題が起こるとも考えにくい。
 空は橙色と茜色が混在し、太陽の位置もだいぶ下に移動している。

「もうじき日が暮れるから、探すなら早くしないと」

 しびれを切らしたイザベルが立ち上がると、長く伸びた影が壁伝いにこっちに向かってくるのが見えた。
 反射的にリシャールが前方をふさぐ。
 濃い影は、陽炎のようにゆらりと、じれるような速度で忍び寄る。
 イザベルが逆光を手でひさしを作って目を凝らしていると、ふと人影が狙いを定めたように駆け出す。
 細い路地から飛び出してきた影は女性のもので、リシャールが目の前に立ちふさがると、その腕にすがりつく。
 何事かとイザベルが背中から顔を出すと、顔面蒼白の女と目が合う。

「イザベル様!」
「……ラミカさん!? 一体、どうしたの……」

 漆黒のロングストレートは振り乱れ、縁なし眼鏡の下には、灰色の瞳が切なげに揺れている。

「ねえ、何があったの。フローリア様は一緒ではないの?」
「……っ」

 彼女の後ろを見やるが、桃色の髪は一向に見えない。
 無言で追求する二人の視線に耐えかねたのか、ラミカがうつむく。リシャールにしがみついていた力も抜け落ち、だらりと腕が下がる。
 彼女は視線を地面に縫い止めたまま一言、ぽつりと告げた。

「フローリアさんが誘拐されました」
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