悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
 立派な校舎は、貴族たちの豊富な寄付資金で増改築を繰り返したせいか、ところどころに過度な装飾が目立つ。ライオン像や噴水広場の彫刻は一流の彫刻家がデザインし、王宮のような荘厳とした趣になっている。
 ラヴェリット王立学園は王子も通うだけあって、格式高い伝統と秩序を重んじる校風だ。
 そのため、自然と貴族社会の権力の図式ができあがり、学園の頂点には親の爵位が高いものが君臨する習わしだった。
 現在の男子生徒のトップは第二王子、次に公爵令息。女生徒のトップは伯爵家の中でも一番王族に近いと噂される、エルライン家の伯爵令嬢。
 学園長や教師陣からも一目置かれる彼らは、文武両道は当然のこと、最先端のおしゃれにも精通し、全生徒からの憧れの的にもなっている。
 毎年多額の寄付金をするお家柄ということもあるため実質、学生議会よりも扱いが上で、ひとりひとりの発言力も高い。

「イザベル様、ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう」

 廊下ですれ違う女生徒と挨拶を交わしながら、イザベルは教室へ早足で向かう。目指すは高等部一年の特Aクラスだ。特Aとは、成績優秀者を集めた少人数のクラスのことを指す。
 特Aの生徒は、学園の最奥にあるサロンも自由に使える。いわば、学園内の特権階級を集めたクラスだ。
 そのクラスの絶対権力を持っているのが、第二王子であるレオンだ。

「おはようございます。レオン王子」

 レオンは振り返り、目を細めた。
 悪役令嬢のイザベルとは、つり目仲間でもある。
 幼少の頃からの付き合いだが、彼は王位継承権第二位ということもあり、周囲からの期待の重圧に苦しんでいた。その結果、協調性や愛想が欠け、一匹狼のような風情をかもしだすまでに至ってしまった。
 その心の闇を取り払うのが、ヒロインというわけである。
 しかし、ジークフリートの白薔薇ルートに入った今、レオンの相手は不在といってもいい。

(そう考えると、レオン王子が不憫に思えてきたわね……)

 だが今、イザベルにはもっと重要な事実がある。目の前の金髪碧眼は、乙女心を刺激する神々しさがあるのだ。

(さらさらの金色の髪、ブルーの瞳! 見慣れたはずなのに、こうも完成度が高いなんて。賞賛のため息ものだわ。これが「黄薔薇の王子」、またの名を「ツンデレ王子」の魅力……)

 作中でレオンは、冷静沈着な第一王子と対照的に描かれており、俗に言うツンデレの属性を持つ。ちなみに、第一王子はゲーム内では名前のみの登場である。麗しの貴公子と噂される次期国王のご尊顔は、もはや妄想で補うしかない。

「……イザベルは、今日も無駄にきらきらしているな」

(きらきらしているのは、むしろ、あなたの方です……!)

 イザベルは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。澄ました顔で咳払いをする。

「無駄とは何です。花も恥じらう乙女になんて言い草ですか」
「小言が多いのは通常運転の証拠だな」
「一言余計ですよ。そんなことを言うのなら、今日のお裾分けはなしにしますからね」
「……な」

 お裾分けとは、メアリーこと、我がメイド長お手製デザートのことだ。お昼休みのティータイムはサロンに集まり、おのおのが持参したお菓子を食べるのが、特Aクラスのたしなみだ。
 レオンは大の甘党でもある。彼を手なずけるには、甘いお菓子でつる方法が手っ取り早い。ゲームの攻略知識を持ったイザベルに、恐れるものはない。
 思ったとおり、レオンは口を開けたまま、言葉が出ないようだった。

「苺とブルーベリーがぎっしり詰まった、春のベリータルト。レオン王子がいらないということなら、他の皆さんでおいしくいただきましょうか」

 残念ですわ、とつぶやくと、ぼそぼそと小声が聞こえる。

「……悪かった。その……くだ……い」
「すみません、よく聞こえませんでしたわ。もう一度、はっきりとおっしゃってくださる?」
「っ……俺が、悪かった。だ……だから、デザートを分けてください」

 勝った、とイザベルは心の中でガッツポーズを取る。

(案外、悪役令嬢というのも悪くないのかも)

 飼い主に怒られた犬のように落ち込んだレオンに、イザベルは優しく告げる。

「わかりましたわ。ちゃんと王子の分も取っておきますから、ご安心ください」
「……よろしく頼む」

 ヒロインとは違った角度での楽しみ方を見つけ、満足して自分の席に座ると、隣の席から声をかけられた。

「おはよう。今日もいい天気だね」
< 8 / 121 >

この作品をシェア

pagetop