悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
客間に通されたイザベルは、白髪の家令が退室していった方向を見つめ、次にテーブルの花瓶に視線を移す。
ガラスの花瓶には紫の薔薇が生けられている。レースが重なるような花弁は、薄い紫から白色にかけて色が変わっており、初めて見る品種だ。
(薔薇っていうより、牡丹や芍薬に近いような……)
花びらに触れようと指先を近づけたところで、忙しない足音とともにドアが開く。驚いたイザベルはパッと手を引っ込めた。
振り返った先にいたのは、ライドリーク伯爵家の当主だった。いつもの余裕のある笑顔はなりを潜め、客人の姿に目を丸くしていた。
「驚きましたよ。てっきり同じ名前の別人かと。あなたが訪ねてくるとは思っていませんでしたから」
「……事前の約束もなしに訪問してしまい、申し訳ございません」
謝罪すると、責めた口調に気づいたルーウェンが咳払いをする。それが切り替えのスイッチのように、大人の余裕を取り戻して優雅にソファに座る。
「舞踏会――いえ、星祭りのときにもお会いしましたね」
「ええ、ご無沙汰しております」
「……ご用件を伺っても? イザベル嬢が自ら来るくらいだ。よほど大切な用件だと推察しますが」
「今日は、お願いがあって参りましたの」
イザベルはちらりとエマを見やる。彼女は実家と同じく、ドアの近くで空気のように控えていた。
「エマ。申し訳ないけれど、ドアの外で待っていてくれる?」
「お嬢様、それは……」
「大丈夫。伯爵は紳士だもの。婚約者のいるわたくしに手を出すような方ではないわ。何かあれば、すぐに呼ぶから」
「……かしこまりました」
エマは牽制をこめた視線をルーウェンに送ってから、一礼してドアを閉めた。
「先に、あなたに釘を刺されてしまいましたね」
「ルーウェン様のことは信用はしていますよ。そうでなければ、家に直接赴くことはなかったでしょう」
「では、私は何をお願いされるのでしょうね」
おどけて言うのは相手を油断させるためか、それとも試されているのか。案外、両者かもしれないとイザベルは舌を巻く。
彼から魔女について聞き出すには、手順を踏んで彼の心証をよくする必要がある。失敗は許されない。
「ライドリーク伯爵家は、祭祀庁の長官を務めているのですよね」
世間話のように話題を振れば、ルーウェンは意外そうな顔をした。しかし、気分を害した様子はなく話に乗ってくる。
「まあ、ありていに言えば閑職だけどね。それがどうかしたかい?」
「とある方から、禁書の類いも保管していると伺いました。ナタリア様の件についてもご存じですよね?」
「もちろん。星祭りで騒ぎになった令嬢だろう。……ああ、となると解毒薬に関する薬学書を探しているのかな」
「話が早くて助かりますわ」
肩に落ちてきた髪の毛を横に払うと、ルーウェンは目線を少し下げた。
「残念だが、役に立ちそうな書物はすでに見せてあるよ。それでも見つからなかったのは不運としか言えないが、いずれ解毒薬も開発されるだろう」
「……そう、ですか……」
「用事はそれだけかな?」
席を立とうとする気配に、イザベルは待ったをかける。
「いいえ。もうひとつあります。……こちらが本題といったところですわ」
「それはそれは、ぜひ聞きたいね」
ルーウェンは座り直し、こちらの言葉を待つ。
ガラスの花瓶には紫の薔薇が生けられている。レースが重なるような花弁は、薄い紫から白色にかけて色が変わっており、初めて見る品種だ。
(薔薇っていうより、牡丹や芍薬に近いような……)
花びらに触れようと指先を近づけたところで、忙しない足音とともにドアが開く。驚いたイザベルはパッと手を引っ込めた。
振り返った先にいたのは、ライドリーク伯爵家の当主だった。いつもの余裕のある笑顔はなりを潜め、客人の姿に目を丸くしていた。
「驚きましたよ。てっきり同じ名前の別人かと。あなたが訪ねてくるとは思っていませんでしたから」
「……事前の約束もなしに訪問してしまい、申し訳ございません」
謝罪すると、責めた口調に気づいたルーウェンが咳払いをする。それが切り替えのスイッチのように、大人の余裕を取り戻して優雅にソファに座る。
「舞踏会――いえ、星祭りのときにもお会いしましたね」
「ええ、ご無沙汰しております」
「……ご用件を伺っても? イザベル嬢が自ら来るくらいだ。よほど大切な用件だと推察しますが」
「今日は、お願いがあって参りましたの」
イザベルはちらりとエマを見やる。彼女は実家と同じく、ドアの近くで空気のように控えていた。
「エマ。申し訳ないけれど、ドアの外で待っていてくれる?」
「お嬢様、それは……」
「大丈夫。伯爵は紳士だもの。婚約者のいるわたくしに手を出すような方ではないわ。何かあれば、すぐに呼ぶから」
「……かしこまりました」
エマは牽制をこめた視線をルーウェンに送ってから、一礼してドアを閉めた。
「先に、あなたに釘を刺されてしまいましたね」
「ルーウェン様のことは信用はしていますよ。そうでなければ、家に直接赴くことはなかったでしょう」
「では、私は何をお願いされるのでしょうね」
おどけて言うのは相手を油断させるためか、それとも試されているのか。案外、両者かもしれないとイザベルは舌を巻く。
彼から魔女について聞き出すには、手順を踏んで彼の心証をよくする必要がある。失敗は許されない。
「ライドリーク伯爵家は、祭祀庁の長官を務めているのですよね」
世間話のように話題を振れば、ルーウェンは意外そうな顔をした。しかし、気分を害した様子はなく話に乗ってくる。
「まあ、ありていに言えば閑職だけどね。それがどうかしたかい?」
「とある方から、禁書の類いも保管していると伺いました。ナタリア様の件についてもご存じですよね?」
「もちろん。星祭りで騒ぎになった令嬢だろう。……ああ、となると解毒薬に関する薬学書を探しているのかな」
「話が早くて助かりますわ」
肩に落ちてきた髪の毛を横に払うと、ルーウェンは目線を少し下げた。
「残念だが、役に立ちそうな書物はすでに見せてあるよ。それでも見つからなかったのは不運としか言えないが、いずれ解毒薬も開発されるだろう」
「……そう、ですか……」
「用事はそれだけかな?」
席を立とうとする気配に、イザベルは待ったをかける。
「いいえ。もうひとつあります。……こちらが本題といったところですわ」
「それはそれは、ぜひ聞きたいね」
ルーウェンは座り直し、こちらの言葉を待つ。