先生との恋ではありませんっ!!

【春】
クラス発表が、生徒玄関の前で行われた。たちまちそこには人だかりができる。1人は、友人と同じことを喜び、また別の1人は友人と離れて悲しんでいる。いろいろな感情が混雑しているところを上から眺めている女子生徒がいた。

ピロロンッ
携帯の鳴る音が廊下に響く。
『叶、B! 私もB!』
友人の市ヶ谷沙羅からの連絡に叶(かのえ)は安堵した。沙羅とは高校1年の時に同じクラスで仲良くなった。沙羅は、女子サッカー部の時期エースと呼ばれるほどの実力の持ち主だ。彼氏はいないが、作っていないという言葉の方が適切だ。
「叶」
後ろから知っている声が聞こえた。すぐさま振り向き、微笑む。
「雄太くん!おーそーいでーす。」
声をかけてくれたのは、葛西雄太。私の彼氏だ。彼とは3ヶ月前から付き合っている。
「仕方ないだろう?もう少しで俺らも引退だから、顧問からよく呼ばれるんだ。」
「主将は忙しいね。勉強も安定の特進コースにいらっしゃいまして。」
「からかうのはやめてくれ。恥ずかしい。」
恥ずかしくなると耳が赤くなるのが、雄太くんの特徴。
「それに・・・」
雄太くんは言葉を続ける。
「叶の彼氏になれたんだ。もっと頑張って隣にいてふさわしい人になるよ。」
「充分ふさわしいですよ。そんなことも思ったことないですしね。」

私は女子バレー部に所属している。女子バレー部と男子バレー部は週に1度同じコートをつかう。そして、私が1年生の時に他の同級生の部員と入部挨拶をしたのは、男女合同の金曜日だった。そのときから雄太くんは私に一目惚れしてくれたらしい。雄太くんは自分の気持ちに気付いてからは、私へのアタックがすごかった。目に見てこの人は私のことが好きなんだ、とわかるくらいだった。とはいっても、彼に興味がなかった。だけど、あまりにも優しくしてくれるし、勉強が苦手な私にも教えてくれるから、徐々に興味を抱いた。

「でも叶は、俺のこと・・・いや、なんでもないよ、ごめん。」

彼が待っている私の一言は「好き」だ。私は彼と付き合っているのは好きだからでは無く「気になっている」「良い人」だからであって「好き」ではないのだ。それは彼に告白された時に伝えた気持ちでお互いの了承を得て、周囲には恋人という形で私たちは共にいる。

「ごめんなさい。雄太くん。」
「いいよ!俺が悪いから、気にしないで。叶のこうやって一緒にいれるだけで幸せだよ。」
ほらね。びっくりするでしょう?この優しさ。彼はそっと私の横に来て、クラス発表を見て喜怒哀楽している他の生徒の姿を見た。
「叶と同じ学年だったら、あと2年傍にいれたなぁ・・・。」
ぼそっと、雄太くんは呟く。返答に困るような言葉。彼は嫌みではなく、このような本心をたまにぼそりというのだ。だけど、私は彼のことを好きではないわけだから、困ってしまう。そして彼はすぐに気付く。
「あ、今の独り言だから!ほんとに!気にしないで!」
ほらね。彼の隣にいて、私は雄太くんのことを沢山知った。多分雄太君は私のことを、噂並にしかしらない。だって嫌われることが怖くて聞いてこないから。
「あと2年、学校で一緒にいることはできないけど、今は一緒にいますよ?」
「叶・・・本当に俺ばっか好きになるよ、叶のこと」
そんな真っ赤なデレデレの顔で見られたらこっちも恥ずかしいんだけどなぁ。

「おい、葛西」
「なんだよっ!」
「由梨さん、こんにちは!」
「こんにちは、叶~彼氏真っ赤じゃん、何したのよ~。もう」
月島由梨さん。女子バレー部のキャプテンで葛西くんの高校入学時の彼女らしい。つまり私の登場により別れてしまったのに、由梨さんは私にこれといってひどいことはしてこない。寛大な人だ。
「担任呼んでたよ、あ、3年の方ね」
「まじか~・・・」
ちらっと私の方を見る。これは・・・。
「待ってましょうか?」
「え!いいの!ありがとう、叶!さっさと済ませてくるわ!どこにいてもいいよ!連絡だけよろしくね!いってくる!」
嬉しそうに彼は走って行った。そして廊下で先生とぶつかり怒られている。その辺も年上には見えないやんちゃ感がある。

由梨さんはなぜかここに残っている。
「今日、部活無いのありがたいよね。最近休みなかったしね。」
「そうですね、由梨さん大変そうでした。」
由梨さんは何でもできる選手だ。レシーブもスパイクも。だから強い私立の学校からの推薦もあったそうだが、この公立校を選び入学した。
「うん、でも楽しかったよ。高校バレーも。私たちは総体で終わっちゃう。そこからは叶の代だからね、頑張るんだよ。」
「由梨さん、私ベンチですよ?高校でまだ試合に出たことないのに。」
「私は叶の真面目なとこ好きだよ。だから推してるんだけどな~。」
先輩は私の横に来て、前を向いて話しを続けた。
「話変わっちゃうけど、私、葛西のこと好きだったんだ。別れるって言われても。好きな子ができたとかいうから、誰?って聞いたら叶って言うんだもん。私も叶のこと真面目で一生懸命でいい子だと思っていたから、何とも言えなかったんだよね。それに私にないとこ全部あるし。」
「由梨さん!それは・・・」
「待って、否定しないで。そのスタイルモデルになれるからね。強豪校だったらそのボブも切らなくちゃいけないけどくせっ毛を生かす髪型でめっちゃ似合ってるし、なんといっても顔が可愛い。私みたいに、バレー体型の太ももとか二の腕じゃないもの。女の子らしい。」
「由梨さん!私も由梨さんの勉強できるとことか、綺麗なとことか、後輩に優しいけど、自分には厳しいとことか、かっこよくて・・・」
由梨さんは私の方を見た。その目は悲しそうだった。
「それは、私が引退してから言ってちょうだい。葛西を頼むよ。」
「・・・はい」

何に対しての「はい」?

由梨さんも雄太くんと一緒で特進コースだから、とパタパタと走って行った。
初めて由梨さんの本音を聞いて私は下を向いてしまう。だって、好きという気持ちで雄太くんと付き合っているわけではないから。雄太くんの熱烈なアピールによって・・・。人のせいにしてる。嫌なら別れればいいのに。でも別れる理由も特にない。こうやって雄太くんの首も絞めていっていること、ちゃんと気づいている。だけど、このことは雄太くんと私の秘密なのだ。

「かの~」
物音をたてずに近づいた彼女の影に驚いた。
「うわ・・・沙羅!やめてよ~寿命が2年縮みました。」
「2年ってリアルだわ~ここにいたのね。今日部活は?」
「休み。沙羅は?」
「あるよ、今部室行くとこ。」
「期待しているよ、次期エース。」
「ねぇ、聞いて、かの。次期ではなくなったの。」
「え?」
沙羅は周りをちらちらみて人がいないことを確認し私に告げた。
「私、市ヶ谷沙羅は10番もらっちゃいました!!」
「・・・10番?」
「ピンとこないよね・・・。サッカーでいう10番はエースです。点取り屋!」
「え!すごいじゃん!叶ったんだ!」
「そうなのです~嬉しくてウキウキしてる。先輩がね、顧問と話し合って決めた背番号なんだって。それも嬉しいなって。」
「おめでとう!」
「ありがとう!でも、まだだから試合で活躍してこそエースですので、練習行ってきます。」
「行ってらっしゃい!」
すごいな~沙羅。沙羅はサッカーを始めたのは高校からだったが、サッカーの面白さに気付き、通常の練習以外にも社会人サッカーに行ったりして経験値を積んでいき、持ち前の運動能力で飛躍を見せたのだ。

由梨さんも沙羅も総体への意気込みバッチリだな~。
ピロロンッ。
携帯がなる。
ピロロンッ。
まただ。
一人目は沙羅だった。
『さっき言おうと思ったの忘れてた。担任、新しい人だよ。新任』
わざわざ・・・本当にこの子はいい人過ぎて困る。
ありがとう、と返信をしておく。可愛いスタンプもつけておこうっと。
二人目は雄太くんだった。
『叶、どこにいる?さっきのところ?』
「さっきのところです」っと。
足音が近づいてきた。やっぱり・・・
「雄太くん、早いですね」
「お待たせ。ありがとね。あ、さっきも言おうと思ってたけどタメでいいよ。」
「違和感があるのでこのままでいいですか?」
私の間髪入れない返事に雄太くんは少々戸惑いを見せる。まぁ雄太くんは私がノーの時は、頷くことしかしないのだ。
「いや、俺は・・・タメがいい。」
「・・・え?」
初めての・・・反論。いや、反論ではないのだけれど。食い下がらなかったのは初めてだった。驚きを隠せない。
「ごめん、でもタメ口がいい。どうしても距離を感じてしまうから。」
「えっと・・・」
「お願い!」
「・・・ずっと?」
私が首を傾け雄太くんを見ると雄太くんはすぐに口を押さえ、180度の綺麗な回転を見せた。
「そんな上目遣いの・・・攻撃はずるいよ。叶・・・。ずっとです。」
「ん~・・・」
気が進まないのには理由がある。雄太くんにいける!と思われてはいけないのだ。雄太くんは私が好きではないことを知っているから、この距離感でいてくれる。これが自分のことを好きだと勘違いしてズカズカ私の領域に入ってこられるときついのだ。
「先輩からのお願いだっていっても頷けない?」
「雄太くん、反則だよ?」
「あっ!」
「タメでいくことにする・・・」
気が進まないけれど雄太くんのこの笑顔を見るとまぁいっか、と思ってしまう。
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