抑圧的ラブソング
「ねえ!これ......あなたのじゃない?」
ようやく走っていた彼が、足を止めて、わたしが追いついた頃には息も絶え絶えだった。
「え?」
髪が長くて、さっいまではよく見えなかった彼の顔が、風に飛ばされた前髪のおかげで、今度はよく見えた。
端正な顔立ちをしていた。
「あ〜どうして?」
「さっきのライブ見てたの」
そういうと、納得したように鞄を受け取って、中身を確認した。
「すごく、よかった」
言葉にするのは苦手なんだ。
自分がおもったことをひとつの言葉で表すには足りなすぎるし、自分に必要な言葉を探し出すには、あまりに言葉は多すぎる。
だから、わたしの言葉はありふれているんだ。
この感動を、たった一言に表したいわけではないのに、これ以上の言葉が見つけられないなんて、バカみたい。
「ありがと」
へにゃ、と笑った顔を見たらそんな考え吹き飛んだ。
本日、二度目の衝撃だったから。
「きみも、音楽やるの?」
「う、うん」
背負っていたエレキギターがかすかに揺れて、わたしとそれの間にあった熱を逃した。
「ちょっと弾いてよ。これ、使ってもいいから」
いつもの自分じゃないみたいに緊張して、頷いて、やっぱりバカだとおもった。
そんな大学に入って一年目の夏だった。
わたしが彼と同じ大学だったと知ることも、ライブハウスで彼の演奏を聴くのも、そしてキスしたのも、ぜんぶぜんぶ、あとの話だった。