抑圧的ラブソング

取り出したスマホにちょうどかかってきた電話に出た。


「もしもし」

『もしもし!サチ!?』


愛おしい。


愛おしいのに、つらい。


『どーゆことだよ』

「もうね、イズミといることがつらいの」


いっしょになんていられない。


あなたの声を聴くだけでつらい。


あなたの歌がつらい。


あなたの才能が憎い。


「イズミはわたしの夢で、わたしは夢を叶えられなかった人だから」

『そんなことがなんだって言うんだよ』

「わたしには、そんなことじゃなかったんだよ」


わたしは、あなたになりたかった。


声が良くて、センスもあって顔もいい。


ずるい。わたしには、ないものばかり持っていて。


ぜんぶ、憎らしいのに嫌いにはなれない。

むしろ、愛おしいくらいなのに、それが真っ黒に変わってしまうことが怖い。


「ごめん。イズミ、いっしょにはいられない」

『おれは......おれは、サチの歌がすきだったよ。あの日歌ってくれたときからサチのことがすきだったよ』

「うん、わたしもあの日からイズミのことがすきだったよ」


いまだって、まだすきだよ。


そんな簡単に嫌いになれるわけない。


あんなにすきだったんだから。


「ばいばい」

『うん、ばいばい』


いつからか、別れ際の挨拶は、またね、になった。

ありふれているのかもしれないけれど、わたしはそれがすきだった。



取り出したギターは、ずいぶんと、チューニングしていなかったはずなのに、音はほとんどずれていなかった。

あの人のライブなんてほとんど行かなくなったひどい女なのに、イズミは優しかった。


うまく動かない指に、早く感覚を取り戻せと祈って、弦を弾いた。


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