都合のいい女になるはずが溺愛されてます
全部の演目が終わって館内に戻って、ついに深海コーナーで見たかった生物と対面した。


「佐久間さん、カニです。大きいです」


水槽の中にじっと佇たたずむタカアシガニ。
佐久間の服の袖を引っ張って至近距離に近づいた。


「テンションの上がり方がかわいい」

「最大で4メートル……食べがいがありそう」

「全然聞いてねー」

「一杯でおなかいっぱいになりそうです」


聞いてないわけじゃないけど右から左に抜けてしまった。
そんなことより今の発言ダジャレみたいと思ってたらカニが動き出した。


「やめろよ仁奈が食う気満々で逃げてんじゃん」

「失礼ですね、そんなに食い意地張ってないです」


反論したら佐久間は顔を背け、声を抑えて肩を震わせている。
またツボに入ったらしい。


「楽しいね、仁奈」


佐久間はひとしきり笑った後、若干涙目で同意を求めてきた。
どんだけ笑ったの。
でも、最近佐久間に笑われるのは嫌じゃないと感じるようになった。

こんな時間がずっと続けばいいのに。
佐久間を好きになった女の子もみんな、こういう気持ちだったのかな。
知らなきゃよかった。

知らなかったら佐久間の心移りに怯えなくていいのに。
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