惡ガキノ蕾
~双葉の誕生日 その夜~
幕開きから二時間程経った処で、太一と力也を連れて一樹も合流。もうその頃座敷では、双葉を酔わそうとテキ―ラの一気飲みを挑んだ男達がHP(ヒットポイント)を空にして、力尽きた躰を晒して《さらして》いた。他には三十分位前に二回程転がりながら、靴の片一方とデジタルカメラを通路に残して、トイレに駆け込んだまま戻って来てないのが1名といった惨状。
太一と力也が先を争って双葉にプレゼントを渡す。飲み物を作ろうとしてカウンタ―に戻ると、テ―ブルの陰に隠すようにして包みを用意している一樹の姿が目の端に映った。 ──珍しっ!ここ二年、一樹からの誕プレと言えば、双葉にもあたしにも煙草一箱がお決まりだったのに。その前の年は確か、蛇の脱け殻だったし……。もしかしてあれか?女の子の十七歳は特別(スペシャル)ってやつか!?──立ち上がる一樹。太一と力也の後ろから、双葉に向けて雑に包みを放り投げる。
「何これ?」と、形のいい眉を八の字にする双葉。双葉だって一樹からのプレゼントなんて、期待してなかったに決まってる。「十七歳おめでとう」言って直ぐに、あらぬ方へ顔を背ける《そむける》一樹。
「うっそ!サンキュ―」
双葉ちょっと嬉しそう。なんだかんだ馬鹿にする事はあっても、あたし達にとっては世界にたった一人の兄貴だしね。
「お前高校行ってないから、やっぱそういうの欲しいんじゃねえかと思ってよ」
「開けてもいい?」
一樹が珍しく神妙な顔をして頷く。
袋の中を覗いて双葉が顔を上げる。
あれっ?何だか様子が……。
「気に入ったか?」
何だ?一樹がニヤニヤしてる。
「何これ」
双葉の声、低っ。…太一と力也が堪え《こらえ》切れないといった感じで笑い声を洩らす《もらす》。
──三人が声を揃えた。
『ハッピ―バ―スデ―、ブレマンティス!!!』
一樹の顔にブルマが飛んで、黒檀の木刀を握った双葉が宙を舞った。
「じゃあ行ってくる。後よろしくね」
「はいよ」
片付けを双葉に任せたあたしは、並べ切れなかった料理を詰めた重箱入りの包みを提げ、きむ爺と二人店を出る。暖簾を潜る《くぐる》時に視線を感じて座敷を振り返ると、逃げ遅れたのか気を失った力也が裸にブル…じゃなかった、ブレマンティスを穿かされて《はかされて》、畳の上に縛り上げられた姿のまま放置されていた。視線を感じたのは、閉じた瞼《まぶた》に落書きされた黒目の所為《せい》だったみたい。
きむ爺が住んでる平屋《ひらや》は昔の長屋《ながや》みたいな造りになっていて、同じ格好の建物が六軒並んでる。軒が重なるって言うのかな。そんな感じ。近所にはきむ爺とそう年の変わらないじいさんばあさん連中が住んでいて、このお年寄りたちにあたし達兄妹は以前から色々世話になってるんだ。だからみんなに、あたしもちょっとは手伝った料理を食べて貰いたくって、こうして寒い夜に、軽くもない荷物を持って歩いてるって訳。
まだ雨の匂いの残る堤防の遊歩道。冷たくて気持ちのいい風が、少し酔ったあたしの髪を抜けて行く。雲の晴れた夜空には、子供が食べたメロンの皮みたいな薄い三日月が浮かんで、淡い光を届けてくれていた。立ち止まって吐く息が直ぐ《すぐ》に夜と混じり合ってその色を失して《なくして》いくのを見てたら、なんだか深呼吸したくなってきて、あたしは持ってきた包みをきむ爺に預ける。ラジオ体操の両手広げた正式なやつ、いってみました。す―…は―…す―…は―…。「ダッダッダッダッダッ…」
──後ろから堤防の階段を駈け上る《のぼる》足音が近付いてくる。振り向く間も無く背中に「ドンッ」と衝撃を受けて、あたしはその場に倒れ込んだ。
「いっ…たい…」
「邪魔だ!」
咄嗟《とっさ》に怒鳴り声のした方を振り返る。(ゲッ)最初に目に飛び込んだのは、前歯がキラリと光る骸骨《がいこつ》の顔。続けて立ち上がれないで居るあたしの眼に、打つかった《ぶつかった》男のウォレットチェ―ンに並んだ髑髏《どくろ》達が次々と入り込んできた。きむ爺の横を擦り抜けた二人の男が、対岸に架かる橋を立ち止まる事無く走って行く。顔を見てやろうと暗闇に目を細めた時、今度は後ろから『ボオォンッ!!!』と、滅茶苦茶に大きな音が背中全体を襲った。強制的に(うあっ!)と両目を瞑らされて《つぶらされて》全身に力を入れる。息を吸い込んで振り返ると、弱い月明かりに替わって炎が生み出す熱を持った光が、住宅街の一角を闇の中に浮かび上がらせていた。「火事だ―!!」誰かが叫んだ声が正しく《まさしく》火種となって、夜更けの街に喧騒《けんそう》が拡がって行く。
四件目。今月に入って最初の火事は十二月九日、双葉の十七回目の誕生日の夜。吹き消すには大き過ぎるキャンドルの火を前にして、無力なあたしはその場に立ち尽くす事しか出来ずに、目の前の光景を瞳に映していた。
幕開きから二時間程経った処で、太一と力也を連れて一樹も合流。もうその頃座敷では、双葉を酔わそうとテキ―ラの一気飲みを挑んだ男達がHP(ヒットポイント)を空にして、力尽きた躰を晒して《さらして》いた。他には三十分位前に二回程転がりながら、靴の片一方とデジタルカメラを通路に残して、トイレに駆け込んだまま戻って来てないのが1名といった惨状。
太一と力也が先を争って双葉にプレゼントを渡す。飲み物を作ろうとしてカウンタ―に戻ると、テ―ブルの陰に隠すようにして包みを用意している一樹の姿が目の端に映った。 ──珍しっ!ここ二年、一樹からの誕プレと言えば、双葉にもあたしにも煙草一箱がお決まりだったのに。その前の年は確か、蛇の脱け殻だったし……。もしかしてあれか?女の子の十七歳は特別(スペシャル)ってやつか!?──立ち上がる一樹。太一と力也の後ろから、双葉に向けて雑に包みを放り投げる。
「何これ?」と、形のいい眉を八の字にする双葉。双葉だって一樹からのプレゼントなんて、期待してなかったに決まってる。「十七歳おめでとう」言って直ぐに、あらぬ方へ顔を背ける《そむける》一樹。
「うっそ!サンキュ―」
双葉ちょっと嬉しそう。なんだかんだ馬鹿にする事はあっても、あたし達にとっては世界にたった一人の兄貴だしね。
「お前高校行ってないから、やっぱそういうの欲しいんじゃねえかと思ってよ」
「開けてもいい?」
一樹が珍しく神妙な顔をして頷く。
袋の中を覗いて双葉が顔を上げる。
あれっ?何だか様子が……。
「気に入ったか?」
何だ?一樹がニヤニヤしてる。
「何これ」
双葉の声、低っ。…太一と力也が堪え《こらえ》切れないといった感じで笑い声を洩らす《もらす》。
──三人が声を揃えた。
『ハッピ―バ―スデ―、ブレマンティス!!!』
一樹の顔にブルマが飛んで、黒檀の木刀を握った双葉が宙を舞った。
「じゃあ行ってくる。後よろしくね」
「はいよ」
片付けを双葉に任せたあたしは、並べ切れなかった料理を詰めた重箱入りの包みを提げ、きむ爺と二人店を出る。暖簾を潜る《くぐる》時に視線を感じて座敷を振り返ると、逃げ遅れたのか気を失った力也が裸にブル…じゃなかった、ブレマンティスを穿かされて《はかされて》、畳の上に縛り上げられた姿のまま放置されていた。視線を感じたのは、閉じた瞼《まぶた》に落書きされた黒目の所為《せい》だったみたい。
きむ爺が住んでる平屋《ひらや》は昔の長屋《ながや》みたいな造りになっていて、同じ格好の建物が六軒並んでる。軒が重なるって言うのかな。そんな感じ。近所にはきむ爺とそう年の変わらないじいさんばあさん連中が住んでいて、このお年寄りたちにあたし達兄妹は以前から色々世話になってるんだ。だからみんなに、あたしもちょっとは手伝った料理を食べて貰いたくって、こうして寒い夜に、軽くもない荷物を持って歩いてるって訳。
まだ雨の匂いの残る堤防の遊歩道。冷たくて気持ちのいい風が、少し酔ったあたしの髪を抜けて行く。雲の晴れた夜空には、子供が食べたメロンの皮みたいな薄い三日月が浮かんで、淡い光を届けてくれていた。立ち止まって吐く息が直ぐ《すぐ》に夜と混じり合ってその色を失して《なくして》いくのを見てたら、なんだか深呼吸したくなってきて、あたしは持ってきた包みをきむ爺に預ける。ラジオ体操の両手広げた正式なやつ、いってみました。す―…は―…す―…は―…。「ダッダッダッダッダッ…」
──後ろから堤防の階段を駈け上る《のぼる》足音が近付いてくる。振り向く間も無く背中に「ドンッ」と衝撃を受けて、あたしはその場に倒れ込んだ。
「いっ…たい…」
「邪魔だ!」
咄嗟《とっさ》に怒鳴り声のした方を振り返る。(ゲッ)最初に目に飛び込んだのは、前歯がキラリと光る骸骨《がいこつ》の顔。続けて立ち上がれないで居るあたしの眼に、打つかった《ぶつかった》男のウォレットチェ―ンに並んだ髑髏《どくろ》達が次々と入り込んできた。きむ爺の横を擦り抜けた二人の男が、対岸に架かる橋を立ち止まる事無く走って行く。顔を見てやろうと暗闇に目を細めた時、今度は後ろから『ボオォンッ!!!』と、滅茶苦茶に大きな音が背中全体を襲った。強制的に(うあっ!)と両目を瞑らされて《つぶらされて》全身に力を入れる。息を吸い込んで振り返ると、弱い月明かりに替わって炎が生み出す熱を持った光が、住宅街の一角を闇の中に浮かび上がらせていた。「火事だ―!!」誰かが叫んだ声が正しく《まさしく》火種となって、夜更けの街に喧騒《けんそう》が拡がって行く。
四件目。今月に入って最初の火事は十二月九日、双葉の十七回目の誕生日の夜。吹き消すには大き過ぎるキャンドルの火を前にして、無力なあたしはその場に立ち尽くす事しか出来ずに、目の前の光景を瞳に映していた。