惡ガキノ蕾
~はなの…いや、はなみの金曜日~
珍しく天気予報が外れて、雨になった十二月最初の金曜日。明後日の日曜日に双葉の十七回目の誕生日を控えて、あたしの頭の中では"プレゼント"の五文字が次第に大きさを増していた。と言うのも、双葉といえば誕生日なんてもんは関係無く、普段からブランドもんのバックとか、アクセサリ―とか、靴とかヒ―ルとか、センスの欠片も無い取り敢えず派手に見える金目の物とか…、そういった男共からの貢ぎ物が後を絶たない状態だったから、今更欲しい物なんてあんのかい!!…て感じなんだよね。そもゝ身に付ける物は、あたしの好みで選んだもんじゃお気に召さないだろうし…。去年迄はケ―キを作ってみたり、手作りのソファ―のカバ―を贈ってみたりと、毎年プライスレスをコンセプトに頑張ってはきましたが、さてゝ今年はどうしたものやら。お金と時間、両方共に余裕も無いし…と迷った挙げ句、更に血迷って自分を見失ったその日の営業中、一樹に何をプレゼントしたらいいか相談してみる事にしたんだけど…。当の一樹はこんな時に限って現場が早仕舞い《はやじまい》したらしく、幼馴染みの太一と力也の三人で昼過ぎから飲んでいて、結果、8時を回った現在ではもうドロドロになっているのだった。
「ねえ、ちょっと一樹!」
「あん…?…と、あ…あれ…ブ…レ…マン…」頭がガクンと大きく揺れて、煙草の積り《つもり》なのか右手に挟んだ割り箸を灰皿に打ち付け、酔っぱらいの症状としてはなかゝの壊れ方を一樹が見せつけてくる。
「ブレ…?って何?…ねえ!」あ―イライラする。
「あ…あれだ…、あ…れ…ブ…ブレマン…ティ…ス…」其処《そこ》まで言って、限界が訪れたのか、魂が抜け出たみたいに白目を剥いてテ―ブルに突っ伏した。
おいおい…ブレマンティスってなんなんだよ。聞いた事ね―し。大体、日本で売ってるもんなのかそれ?謎は残るものの、頼り甲斐の無い兄には一旦見切りを付けて、期待は全くしてないけど、横の二人にも一応聞いてみた。
「太一と力也は?」
「あ?」と太一。
「え?」と力也。
『ネックレス』太一&力也。
『あん?』太一&力也パ―ト2。
「ふざけんっ…」先に言ったのは太一。
「お前がふざけんな!」普段は無口な力也が喰い気味で返す。そこからは顔を伏せたままの一樹を間に挟んで「お前は別のにしろ」、「いやお前が別のにしろ」と、今晩この町で1等くだらない言い争いを始める。予想通りとはいえ、ほんと何奴《どいつ》も比奴《こいつ》も……。はぁ~あ。こんな奴らに頼ってしまった自分を責めながら、念のためきむ爺にも聞いてみた。
「そうだねえ…。やっぱり女の子だから韓紅《からくれない》か紅梅《こうばい》色の羅宇《らう》がいいかねえ…」…え~と…意味不明なんですけど…。
「何が?」
「煙管《キセル》」
──改めて、…はぁ~あ、と。溜め息しか出ない。そりゃあ確かに珍しいし、十七歳の女の子が煙管《キセル》吹かしてんのなんか、なかゝお目にかかる機会も無いけどさ。
ふと思い、座敷でサラリ―マン風のおじさん達の相手をしてる双葉に目を遣る《やる》。薄い化粧に口紅を曳いた《ひいた》だけだというのに、十七歳にはとても見えない仕上がり具合。束の間その横顔に目を止めてみる。…しかし、幾ら見ていてもその横顔に欲しい物など書いてある筈も無く…。さあ、どうしたもんですかねぇ。
お会計を済ませたおじさん達を入り口の外に見送った双葉がカウンタ―に座ると、今夜関東全域で一番しょうも無い言い争いをしていた太一と力也がピタリと黙った。二人共、双葉を見る目がなんだかキモい。鼻の下が伸びてると言うか、締まりが無いと言うのか。友達の妹とか関係無いのかな-。……っておい!だったら今まで目の前に立ってたあたしわい!!……比奴ら《こいつら》…。死なない程度の毒でもあったらグラスに入れてやるのにな、ガチで。
「お先」と、横できむ爺が真魚板《まないた》を立てる。
「お疲れ様でした」言って、カウンタ―を出ていく背中を見送るあたし。お客さんも幼馴染みだけになったんで安心したんでしょう。
「さっきのおじさん達って、前に来たことあった?」そう聞きながら、双葉の前に昆布茶の入った湯呑みを置く。双葉の最近のお気に入り。
「初めてだってさ。最後に出ていった眼鏡のおじさんが住んでるの、こないだ家事んなった家の近くなんだって言うから、話し聞いてたんだ」
「そうなんだ」
「警察もあれから何度か話し聞きに来てて、近所じゃ放火だったんじゃないかって噂になってるって言ってた」
テ―ブルに突っ伏してる一樹の頭が有るか無きかの動きを見せる。
「俺も聞いたなそれ」と、ここで太一参加。「その前に起きた二件の火事も、もしかしたら放火なんじゃねえかってさあ。二件の内の片方の家なんて、火事んなる二・三日前から旅行に行ってたから、火が出る筈なんかないって、家の人は言ってるって話だしなあ」と続けて、グラスに付いた水滴を几帳面に拭う《ぬぐう》と、今度はその御絞り《おしぼり》の四隅を合わせ丁寧に畳む。
『へ~』と、あたしと双葉が声を合わせた。力也は黙って頷いている。
「棟梁がしてた話だから、一樹んとこの親方も多分聞いてるんじゃねえのかな」
と言うのも、太一は大工で、太一のとこの棟梁と一樹の親方はお友達だからだ。序に《ついでに》言っとくと、力也は家業が左官職で、親方は力也のお父さん。みんな地元の大きな工務店を元請けにしてるから、三人が現場で顔を合わせるのも珍しい事じゃないって、一樹が話してるのを聞いた事がある。
「そりゃそうと、双葉日曜日はどうすんだぁ?」
太一が一樹の頭越しに声を掛ける。
「…べつに。優と瑠花《るか》が来てくれて、軽く飲む位じゃない」
優と瑠花は数少ない双葉の友達で、瑠花は太一の妹でもあるクロス職人のガテン系女子だ。
「じゃ俺も顔出すわ」力也が右手を上げた。
「俺も」太一も右手を上げて、ニヤついた二人の視線があたしに集まる。──しょうがな
い。
「じゃあ…あたしも…」恐るゝ震える右手を上げる。
『どうぞどうぞ』
笑ってんのは太一と力也だけ。双葉は仮面を被ったみたいに表情を消してるし。あたしか?あたしがスベったのか?……まあいいや。仕方ない。
そうとなったら野郎共、日曜はパ―ティ―だぜ!!!
珍しく天気予報が外れて、雨になった十二月最初の金曜日。明後日の日曜日に双葉の十七回目の誕生日を控えて、あたしの頭の中では"プレゼント"の五文字が次第に大きさを増していた。と言うのも、双葉といえば誕生日なんてもんは関係無く、普段からブランドもんのバックとか、アクセサリ―とか、靴とかヒ―ルとか、センスの欠片も無い取り敢えず派手に見える金目の物とか…、そういった男共からの貢ぎ物が後を絶たない状態だったから、今更欲しい物なんてあんのかい!!…て感じなんだよね。そもゝ身に付ける物は、あたしの好みで選んだもんじゃお気に召さないだろうし…。去年迄はケ―キを作ってみたり、手作りのソファ―のカバ―を贈ってみたりと、毎年プライスレスをコンセプトに頑張ってはきましたが、さてゝ今年はどうしたものやら。お金と時間、両方共に余裕も無いし…と迷った挙げ句、更に血迷って自分を見失ったその日の営業中、一樹に何をプレゼントしたらいいか相談してみる事にしたんだけど…。当の一樹はこんな時に限って現場が早仕舞い《はやじまい》したらしく、幼馴染みの太一と力也の三人で昼過ぎから飲んでいて、結果、8時を回った現在ではもうドロドロになっているのだった。
「ねえ、ちょっと一樹!」
「あん…?…と、あ…あれ…ブ…レ…マン…」頭がガクンと大きく揺れて、煙草の積り《つもり》なのか右手に挟んだ割り箸を灰皿に打ち付け、酔っぱらいの症状としてはなかゝの壊れ方を一樹が見せつけてくる。
「ブレ…?って何?…ねえ!」あ―イライラする。
「あ…あれだ…、あ…れ…ブ…ブレマン…ティ…ス…」其処《そこ》まで言って、限界が訪れたのか、魂が抜け出たみたいに白目を剥いてテ―ブルに突っ伏した。
おいおい…ブレマンティスってなんなんだよ。聞いた事ね―し。大体、日本で売ってるもんなのかそれ?謎は残るものの、頼り甲斐の無い兄には一旦見切りを付けて、期待は全くしてないけど、横の二人にも一応聞いてみた。
「太一と力也は?」
「あ?」と太一。
「え?」と力也。
『ネックレス』太一&力也。
『あん?』太一&力也パ―ト2。
「ふざけんっ…」先に言ったのは太一。
「お前がふざけんな!」普段は無口な力也が喰い気味で返す。そこからは顔を伏せたままの一樹を間に挟んで「お前は別のにしろ」、「いやお前が別のにしろ」と、今晩この町で1等くだらない言い争いを始める。予想通りとはいえ、ほんと何奴《どいつ》も比奴《こいつ》も……。はぁ~あ。こんな奴らに頼ってしまった自分を責めながら、念のためきむ爺にも聞いてみた。
「そうだねえ…。やっぱり女の子だから韓紅《からくれない》か紅梅《こうばい》色の羅宇《らう》がいいかねえ…」…え~と…意味不明なんですけど…。
「何が?」
「煙管《キセル》」
──改めて、…はぁ~あ、と。溜め息しか出ない。そりゃあ確かに珍しいし、十七歳の女の子が煙管《キセル》吹かしてんのなんか、なかゝお目にかかる機会も無いけどさ。
ふと思い、座敷でサラリ―マン風のおじさん達の相手をしてる双葉に目を遣る《やる》。薄い化粧に口紅を曳いた《ひいた》だけだというのに、十七歳にはとても見えない仕上がり具合。束の間その横顔に目を止めてみる。…しかし、幾ら見ていてもその横顔に欲しい物など書いてある筈も無く…。さあ、どうしたもんですかねぇ。
お会計を済ませたおじさん達を入り口の外に見送った双葉がカウンタ―に座ると、今夜関東全域で一番しょうも無い言い争いをしていた太一と力也がピタリと黙った。二人共、双葉を見る目がなんだかキモい。鼻の下が伸びてると言うか、締まりが無いと言うのか。友達の妹とか関係無いのかな-。……っておい!だったら今まで目の前に立ってたあたしわい!!……比奴ら《こいつら》…。死なない程度の毒でもあったらグラスに入れてやるのにな、ガチで。
「お先」と、横できむ爺が真魚板《まないた》を立てる。
「お疲れ様でした」言って、カウンタ―を出ていく背中を見送るあたし。お客さんも幼馴染みだけになったんで安心したんでしょう。
「さっきのおじさん達って、前に来たことあった?」そう聞きながら、双葉の前に昆布茶の入った湯呑みを置く。双葉の最近のお気に入り。
「初めてだってさ。最後に出ていった眼鏡のおじさんが住んでるの、こないだ家事んなった家の近くなんだって言うから、話し聞いてたんだ」
「そうなんだ」
「警察もあれから何度か話し聞きに来てて、近所じゃ放火だったんじゃないかって噂になってるって言ってた」
テ―ブルに突っ伏してる一樹の頭が有るか無きかの動きを見せる。
「俺も聞いたなそれ」と、ここで太一参加。「その前に起きた二件の火事も、もしかしたら放火なんじゃねえかってさあ。二件の内の片方の家なんて、火事んなる二・三日前から旅行に行ってたから、火が出る筈なんかないって、家の人は言ってるって話だしなあ」と続けて、グラスに付いた水滴を几帳面に拭う《ぬぐう》と、今度はその御絞り《おしぼり》の四隅を合わせ丁寧に畳む。
『へ~』と、あたしと双葉が声を合わせた。力也は黙って頷いている。
「棟梁がしてた話だから、一樹んとこの親方も多分聞いてるんじゃねえのかな」
と言うのも、太一は大工で、太一のとこの棟梁と一樹の親方はお友達だからだ。序に《ついでに》言っとくと、力也は家業が左官職で、親方は力也のお父さん。みんな地元の大きな工務店を元請けにしてるから、三人が現場で顔を合わせるのも珍しい事じゃないって、一樹が話してるのを聞いた事がある。
「そりゃそうと、双葉日曜日はどうすんだぁ?」
太一が一樹の頭越しに声を掛ける。
「…べつに。優と瑠花《るか》が来てくれて、軽く飲む位じゃない」
優と瑠花は数少ない双葉の友達で、瑠花は太一の妹でもあるクロス職人のガテン系女子だ。
「じゃ俺も顔出すわ」力也が右手を上げた。
「俺も」太一も右手を上げて、ニヤついた二人の視線があたしに集まる。──しょうがな
い。
「じゃあ…あたしも…」恐るゝ震える右手を上げる。
『どうぞどうぞ』
笑ってんのは太一と力也だけ。双葉は仮面を被ったみたいに表情を消してるし。あたしか?あたしがスベったのか?……まあいいや。仕方ない。
そうとなったら野郎共、日曜はパ―ティ―だぜ!!!