惡ガキノ蕾
   ~H30.12.9 双葉の誕生日~
 そうして迎えた日曜日。天候は朝から生憎《あいにく》の雨だった。しかし今日ばかりは、天気がどうのこうの言ってらんない。雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズ、あたしは午前中から店の掃除、昼からはきむ爺の手を借りて、途中からその殆ど《ほとんど》全てを任せるという形を取らして頂いて、オ―ドブルとちらし寿司の準備中。
 座敷の方じゃ優と瑠花がテキパキとセッティングを続けながら、集まった他の男子と女子に彼方《あっち》だ此方《こっち》だと声を掛け忙しくしている。気温は10℃も無いってのに、エアコンは切ったままの店の中で、今のところ誰も寒いと言い出さない。
「はな―。双葉何時頃帰って来んの?」
 あたしを「はな」って呼ぶのは瑠花。太一の妹なんだから当たり前だけど、あたしとも小学校から一緒で幼馴染みでもある。優は隣町の小学校で中学からの付き合いだけど、双葉と瑠花の態度に付き合った年数の差を感じた事は一度も無い。
「美容室の後でネイル寄るって言ってたから…、たぶん6時位じゃね」
「んじゃ後二時間位だね…」時計を見て、優が手を止める。
「ちょっと休憩しようか」
 優と目を合わせた瑠花の声を切っ掛けに、あたしは座敷のテ―ブルに飲み物を運んで行った。双葉の代で今日集まったのは全部で九人。五人が男で、優と瑠花以外の二人の女子は、多分一樹目当てと推察される。てゆうのも、中学三年生の時、殆ど学校に行ってない所為《せい》もあって、双葉は同じ学年の女子達には避けられてるようなとこがあるのをあたしは知ってるから。学校に行ってた頃だって、女子達と話してるとこなんて優と瑠花以外見たこと無いしね。
 妹あたしが言うのも何だけど、双葉って自分から積極的に話し掛けて行くタイプじゃないし、かといって黙ってると周りに緊張感出ちゃうんだよね。居るでしょそういう子。多分だけど、みんな絡みづらかったんじゃないかな。
 今日集まった五人の男達の中には見た事あるのも居る気がするけど、あんま印象に残ってる奴は……居ないな、一人も。双葉に寄ってくる男達にも色んなタイプが居るんだけど、相手にされてないのが分かると、長くても四・五ヵ月で入れ替わって行くから、いちゝ覚えていらんないんだよね。
 三十分程の休憩を挟んでからはペ―スも上がり、一時間ちょっとで準備は終わり、後は双葉を待つだけとなった。只今の時刻は5時40分。
 ──カラ・コロ・カラン
 いきなり浴びせられた幾つもの視線に、戸惑いを隠さず入り口《はいりぐち》に立つのは制服姿の凜《りん》。あたしのマブダチ。って、ちょっと古いか。ちゃんと言うのは恥ずいけど、大切な親友ってやつかな。
 ──ともあれ、
「凜!……何で制服?」
 重ねて左手には竹刀袋、右手に傘の二刀流。
「うん。今日は試合があって、今はその帰りだから」
 凜の通っている高校の女子剣道部はかなり有名で、去年は全国大会で準優勝。一昨年までは二連覇か三連覇を成し遂げている名門中の名門。更に言うと、凜はその学校に今年スポ薦で入学した期待の新星。十年に一人の逸材というレベルで、今後最も活躍が期待される楽しみな選手。……って、この前読んだ剣道の専門誌に書いてあった。ま、そんな事が無くても、凜の友達でいる事はあたしの数少ない自慢の一つで、滅茶苦茶にいい奴なんだよね。これが。
 あたしの見詰める先、雫が床に落ちるのを嫌って、凜が傘に付いた水滴を鞄《かばん》から取り出したタオルに吸わせている。
「まだ雨降ってんだ?」
「ぱらぱら。もう止みそうだったよ」
「今日は双葉に?」
「うん。これから試合の打ち上げがあるから、その前に『おめでとう』だけ言いたくて…」
 カラ・コロ・カラン──
 凜が言い終わらない内に双葉登場。てか、醸し出す《かもしだす》雰囲気的には参上。
 ──「あ…」、ショート。出掛ける前は肩甲骨の下まであったダークブラウンの髪が、今は真っ黒のショートヘアにモデルチェンジしている。それにしても……に、似合ってる。絶対自分に合ってるのも分かってるよなあ、ちょっとズルイわ。…でもやっぱ、この人が姉と云うのは、あたしの最大の宝だと再認識させられる出来映えだ。「うおぉぉぉぉぉう!!!」「双葉ちゃん可愛い!!」「つ―か最早かっこいい!!」「ねぇ、写真撮っていい?」「綺麗だ!本当に綺麗だ!!」
 声でかっ。五人の男達が火が点いたように騒ぎ出す。
「似合ってる!!」「いいね!それいいね!!」「こっち向いて!」「ねぇ、写真撮っていい?」「かわうぃ―ね!!」
 あ―煩い《うるさい》。「ねぇ、写…」
「ありがと。知ってる」と冷たく双葉。あ―あたしもそういうの一度言ってみたいわ。
「双葉先輩!誕生日おめでとうございます!」 
「おぅ凜!ありがとう」
「あの…これ…」 
 言いながら竹刀袋から凜が抜き出したのは、黒い……──木刀だった。
 (マジか…。ガチですげ―な。木刀にリボンって初めて見たわ)
 店の中に居る人間、あたしもだけど、序に《ついでに》時の流れも纏めて《まとめて》止まった。あれね、「シ―ン」って聞こえない筈の音が聞こえちゃうあれ。
「おっ。ありがとう、黒檀《こくたん》じゃん。2尺…2尺3寸位?」
 止まった世界の中、双葉と凜だけが動いて喋るシュ―ルな時間が流れる。
「ブオンッ。ブンッ」 
 二度素振りをしてから「サンキュ」と凜にハグする双葉。
「私もお揃いで一本持ってて…。気に入って貰えて良かった」
 言ってる傍から《そばから》凜の瞳が潤んできてヤバイ。まさか、あんたの方が泣くのか。なにを隠そう、凜にとって双葉は本人も公言する憧れの先輩なのだ。それどころか、小学校時代の剣道クラブから中学、そして今日まで、凜を以てしても《もってしても》一度も勝つことの出来ない、最早凜にとっては人を超えた神的存在でもある。ここだけの話、中学の時生徒手帳の中に双葉の写真を入れてた事もあたしは知ってる。「ねぇ、写真撮…」
「まだ時間あるの?」
「いえ。今日は試合だったんで、このあと部のみんなと打ち上げがあるんです。親も一緒で。今日は病院休みだから、うちのお母さんも来るって言ってるんで」
「そっか。じゃあ忙しかったんじゃないの?ありがとね。又今度ゆっくり遊びにおいでよ」
 女手一つで凜を育ててる看護師のお母さんは、母親のいないあたし達を小さい時から今に至る迄、何かと気に掛けてくれている人で、何人か居る頭の上がらない大人の一人だ。小学校の運動会の時なんか、あたしだけじゃなくて、学年も組も違う一樹と双葉の名前、あたし達の方が恥ずかしくなる位の大声で叫んでた。「頑張れーっ!」って。後で凜に聞いたら、声が嗄れちゃって《かれちゃって》二・三日元に戻んなかったって、そんな人。
「お母さんに宜しく言っといて」
「はい!」
 ちょっとだけあたしと目を合わせると、名残惜しそうな気持ちを隠して凜が帰って行った。
 ──そんじゃあ…
「双葉おめでとう!!」「ねぇ、写真…」『おめでとう!!!』重なったみんなの声に「パンッ!!パパンッ!!」と、景気のいいクラッカ―の音が混ざる。「サンキュ」双葉が笑った。
「パンッ!!」
 さあみんな、グラスを掲げろ!始めようぜ!
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