幸福音
「保存っと!」



俺が都庁のストリートピアノで演奏しているその動画を保存しやがった。


人生が終わった瞬間だと思った。

動画を保存して、拡散するのか!?

それとも脅しに使うのか!?


椎名……。

お前はその動画を使って、俺をどうするつもりだ……?


廊下に手をついてうなだれている俺の肩に重みがかかる。

何かと思えば、椎名のほんのり温かい手だった。

顔を上げる俺に、椎名は笑いかけてくる。

その笑顔は一瞬だけど、不覚にも可愛いと思ってしまった。



「ねえ」

「なんだよ」

「私の前でピアノ、弾いてよ」

「……は?」

「だから、ピアノ弾いてよ」



なんで。

なんで、俺が。

お前なんかのために、ピアノを弾かなきゃいけないんだ。



「私、瀬川くんのピアノで歌いたい」



ダメ? と、小首をかしげる目の前の悪魔。


ダメに決まってんだろ。

俺が都庁でピアノ弾いていることなんか、誰にも言っていないのに。

親にすら言ってねぇのに……。
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