幸福音
放課後。

俺は椎名に言われたとおりに音楽室にいるのだが。


……椎名本人がいない。


なんなんだよ、あいつは!

人には来いと言って、自分は来ないのかよ!


俺は荒ぶっている心を何とか落ち着けようと、音楽室のピアノの椅子に座った。


鍵盤にそっと手を触れる。

今日はツイていない。

教室で新緑の風を浴びていたところまではよかった。

クラスメイトにバカにされても、俺は頭の中で譜面を描いていた。

色んな音を組み合わせて曲を作っていく、そんな妄想。


そんなときに椎名がやってきて。

動画を見せられて。

脅されて。

音楽室に呼ばれたけど。

椎名はいなくて。


今日の出来事と感情を乗せて鍵盤を叩く。

序盤はゆったりとしたメロディ。

頭の中に音符が溢れてくる。


鍵盤を叩く指が激しくなり、曲調も激しくなる。

指が鍵盤の上で小刻みに踊っている。


ピアノを弾いていると心が穏やかになってくる。


俺の友達はピアノだけでいい。

そう思うとピアノと自分が一体化しているような気分になる。


最後の鍵盤を思い切り叩き、その指を天井へ振り上げる。
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