幸福音
俺の中から溢れだす感情を音に乗せて弾ききった。

じんわりと額に汗がにじむ。


振り上げた手をゆっくりと下ろすと。



「おおーっ!」



音楽室に拍手が響き渡る。

拍手が聞こえるほうを見ると、椎名が音楽室の入り口に寄りかかって手を叩いていた。



「……いつからそこにいた?」

「んー。鍵盤に手を置いたときからかな?」



最初からじゃねえかよっ!


俺は立ち上がり、ピアノから離れる。

床に置いていた鞄を肩にかける。



「どこ行くの?」

「帰る」

「え、待ってよ」



椎名が扉の前で立ちふさぐ。



「私、歌ってない」

「ひとりで歌ってろよ」


「瀬川くんのピアノで歌いたい」



そう言って、椎名は俺の目を真っ直ぐに見つめる。

その目は揺らぐことなく。

一直線に俺の瞳を捕らえている。

その目に俺が揺らいでしまう。



「分かったよ。……なに弾けば、いい?」



俺は鞄を放り投げて椅子に座る。

椎名は迷わず口を開いた。
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