幸福音
そう思い、再び鍵盤に目を落とすと。

透き通るような歌声が耳を通り抜けた。


えっ……。


思わず演奏を止めそうになってしまった。


俺のメロディに合わせて、椎名が歌っている……?


即興で考えたであろう歌詞が、頭の中に入ってくる。

椎名の歌声に俺の演奏が持っていかれそうになる。


信じられないことが起きている。

なんだ、この感覚。

都庁の人だかりの中で弾いたときとは全く違う感覚。


あのときも高揚感があったけれど。

今は、それを超える高揚感が俺の中に広がる。


気がつけば、演奏は終わりを迎えていた。

曲が終わっても、余韻が残る。

今まで感じたことのない余韻。


椎名に目を向けると、椎名は音楽室から見える校庭を見つめていた。

その横顔はなんだか切なそうだった。



「おい」

「……」

「おい、」

「あのね」



何度目なのか。

椎名は俺の言葉にかぶせるように、言葉を発する。
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