「あんたじゃない、とは言ってないからね」
そうか。
そう言ったあと、彼は何も言わなくなった。だから私も、食べ終わるまで何も話さなかった。
「……送ってくれてありがとう」
会計は彼がしてくれた。店を出たあと「送る」とバックを掴まれてしまったので、拒むことを諦めた。
下手に騒いで注目されたくはなかったし、彼が言ったように今日でもう最後だから、まぁいっか、という気持ちもあったから。
かちゃり、シートベルトを外して、横置いていたバックを掴んだ。
「……なぁ」
「っな、に」
瞬間、バックを掴む手を上から掴まれて、びくりと身体がはねる。
何。まだ何かあるの。
少しだけ目を細め、彼を睨む。しかし彼とは視線が合わなかった。追い詰められたような表情で彼が俯いていたから。
「……俺がなったら、ダメか……?」
「……え?」
「……その子の、父親に」
ぼそりと吐き出したあと、ゆっくりと彼は顔をあげた。
「……はぁ?」
何、言ってんの? 馬鹿なの?
そんな言葉と嘲りを含ませて一言を放つ。いきなり、どうしたというのか。私の知らないところで頭でも強打していたのだろうか。だったら今すぐ病院に行くべきだ。
「……あー……あれか。また両親にお小言でも言われたの?」
それとも……と、そこまで考えて思い当たったひとつの可能性。私との関係がバレて親友と破局どころか縁を切るまでになったとき、彼の両親兄弟をはじめ親戚までもが怒り狂っていたと聞いた。プロポーズこそしてはいなかったけれど、彼自身、親友と結婚するつもりだっただろうし、彼の両親兄弟親戚ともに彼女をいたく気に入っていたらしいから、当然といえば当然だろう。
別れたときも、復縁を迫って警察沙汰になったときも、親友の婚約を知ったときも、彼は自分の両親兄弟親戚からひどく責められたらしい。
「それはそれは、お可哀想に」
だから、か。
考えれば考えるほどしっくりき過ぎて、笑えた。