「あんたじゃない、とは言ってないからね」
「大切な存在ができた」

 思った以上に、呆気なかったなと思った。
 一方的に通話を終了させたけれど、再度着信もなければ、メッセージを送ってもこないということは、つまりそういうことなのだろう。
 いや、分かってたけど。虚しいな。
 ため息を吐いて、ぼんやりと空を眺める。ゆっくりと流れる雲に、ゆっくりと落ちていく太陽。変わらないようで、少しずつ変わっていく景色を見ていたら、いつの間にか、辺りが橙に染まり始めていた。
 帰ろう。誰に言うでもなく、立ち上がって、自宅までの道のりをトボトボと歩く。
 仕事、いつまで働けるだろう。病院、どこに通おう。家、今のとこ単身者用の物件だし引っ越そうかな。貯金、出産してから仕事に復帰するまでの生活費足りるかな。
 ぐるぐると色々思案していたら、気付けば、マンション前。エントランスを抜けて、エレベーターに乗る。
 やっぱり引っ越しは費用もかさむしやめておこうかな。

紗由理(さゆり)
「っ」

 なんてことを考えながら到着した階で降りた瞬間、引かれた腕に、呼ばれた己の名前。

「……たか、あき、」

 その方向に視線を向ければ、(くだん)の彼がそこにいた。
< 6 / 16 >

この作品をシェア

pagetop