「あんたじゃない、とは言ってないからね」
「……何?」
「もう逢わねぇってどういうことだ」
寄せられた眉根。唸るような声色。怒っているのだと分かったけれど、何故怒っているのか、その理由は分からない。
何なんだ。というか、腕を離して欲しい。
そう思って、そのままの意味だということと、腕を離して欲しいことを訴えたのだけれど、どういうわけか後者はスルーされた。
「何で」
「……」
「いきなり過ぎんだろ、そんなの」
何を言ってるんだ、この男は。
いきなりも何も。私達の関係を考えれば、そこに貼り付けられたラベルの意味を考えれば、区切りがあるだけマシだろう。そんなに、性欲が処理できないのは困るのか。知らないよ、そんなの。やめて、本当。
「大切な存在ができた」
「……は?」
「以上。腕、離して」
視線をずらし、端的に言葉を吐き出す。
二度目の訴えも華麗にスルーされ、捕まれたままの腕を強引に振り払う。
「っ、あ、もう、」
瞬間、反対側の手に持っていたバックが真っ逆さまに落ちて、中身が飛び出る。
ああ、最悪だ。
拾うの面倒だなと思いながらも、拾わなければ家に帰れないからと屈めば、原因とも言える男、貴明もまた、何故か私と同じように屈む。
無造作にバックを掴まれ、持ち上げられる。すると、まだかろうじて飛び出ていなかった中身までもが落ち出て、もう最悪だ。
「っあ、わ、り……ぃ、」
鍵、携帯、財布、名刺入れ、化粧ポーチ、のど飴、ボールペン、そして母子手帳。特に見られて困るものはないと言いたかったけれど、たったひとつだけ、見られたら面倒だと思うものがあった。
「……ん、だよ、これ」
どうして、こういうときだけ、この男は目敏いのだろうか。