「あんたじゃない、とは言ってないからね」
「見て分かんない? 母子手帳って書いてあるでしょ」
拾い上げられたそれを、ぱしりと彼の手から奪い取ってバックに詰め込む。鍵以外の残りの荷物もさっさと詰め込んで、立ち上がり、自宅へと向かって歩く。
「……っま、なぁ、紗由理、待って、」
「うるさいな。ついてこないで」
エレベーターの近くの部屋は何となく嫌だなと、一番離れたところの部屋を選んだのだけれど、失敗だったなと今は思う。一番近くの部屋だったら、彼が呆けている間に部屋に入って物理的に彼をシャットアウトできたのに。
「なぁ、ほんと、マジで、話しよう……それ、母子手帳ってことは、あれだろ……妊娠……したんだろ?」
玄関前にたどり着き、ガチャリ、鍵を差し込んだところで、彼は言う。私の身に起きていることを、わざわざ聞いてくる。
「……だったら、何?」
ガチャン。解錠して、ドアノブを持ち、数センチだけ扉を開いてから言葉を返せば、彼は、小さく息を飲んだ。
「……だったら、って……俺の、子……だろ?」
神妙な面持ちで、適度な声量でそれを吐き出したこの人の思考回路を、いっそ、理解できなければ、私はもっと楽に生きられたのかもしれない。
俺の子。なら、責任取る。ごめん、堕ろしてくれ。
彼が言いたいのは、果たしてどちらなのだろうか。
ああ。でも、そんなの。
「……は、何、あんた。私がセックスする相手、あんただけだと思ってんの?」
どちらだとしても、真っ平ごめんだ。