約束
1



実際、遠野祐一(とおの ゆういち)は、今まで26年間、散々モテてきた。

180センチは超えている身長。
手足は男らしく形良く筋肉がつき、全体は細身のすらりとした体躯だ。
特に高価なスーツを着ているわけではないが、程よく着崩して自分にぴったりと合っている。
いかにも仕事の出来そうなピリッとした緊張感とはっきりとした口調。

雰囲気や身のこなしに、ただよう自信がモテる男のお手本のようだった。

綺麗な頭の形に、スッキリとした額、高い鼻筋、ややキツめのくっきりした目は、しかし時に甘さも感じさせる。
形良い薄い唇は、少し薄情そうに、それが逆に魅力となって人を惹きつける。



今も、もう人生何10回目かの告白を、余裕に受けとめ、選択肢は彼にあるのだと無意識に態度で示す。

社内では上着を脱いでいた。
シャツの袖が無造作にめくられ、形良い手首と、男性的な大きな骨張った手と指に思わず目が行く。
彼ににぴったりと雰囲気のあった大きめな時計、
首から下げた社員証、細い青のストライプのワイシャツ、靴と揃いのベルト。

スーツの長い足が、しかし、少しイラつくように動いた。

告白され慣れてる祐一は、告白してくる女性には結構冷たくて、ひどい男だったが、それを隠さずはっきりと了承させてからでないと、付き合わないことは、社内では誰にでも知られていた。

ひどい目にあうつもりでないと、祐一には付き合ってもらえないわけだった。

そのかわり、それさえのめば、わりとすぐ祐一の彼女になれる。
そして、条件を最初から了承していたはずの前の彼女はあっさり切る、
最初からそうすると言っていたのだから。

結局、それが分かっていると言っていたはずの女達は、やはり案の定それでも修羅場になるのだった。



* … * * … *

小さい頃から父の浮気性を目の前で見て育った。
父はいつも女性関係のトラブルをかかえていた。
祐一の美人だった母とも散々喧嘩が続き、祐一が中学校の時、結局別れた。
何人目だろうか、祐一が大学を卒業する頃の彼女が継母なった。
その継母と父親の間に、5歳の弟がいるが、父親は現在、また浮気で毎日揉めているのだった。

自分にはその血が流れてると小さい頃から思い知っていたから。
約束なんて信じられないと分かっているから。
初めから約束しない。

こんな男だとはっきり公言して、理解してもらってから、そうすれば裏切りにならないだろう。

それでも女と付き合うのは、どこかでもしかして変われるかもしれないと、思いたいのかもしれなかった。

* … * * … *



祐一は、今、女に告白され、何の約束もしないといつものように返事したが、この後はどう出るかな、と冷めて考えていた。

『それでもいい』か『やっぱりひどい』と走り去るか、どちらのタイプかな、と思っていたら、いきなり、


「では、話し合いましょう! 」


と、何やらやる気に溢れた言葉を言われた。
瞬間、面倒なんじゃないかと構える。

告白してきたややこしい女を初めてちゃんと見る。
社内ですれ違ったことはあったかもしれない、がはっきり分からなかった。
交友関係も、雰囲気も、なんていうか、全然違う世界の、まぁ、つまりきちんとした子だ。

ウェーブのかかったミディアムの髪が肩にかかる。
色白で大きな目の、実際かなり綺麗な子だと祐一は思った。
小柄で、
おとなしそうで。
清楚で、可愛らしい。
彼女の社員証が胸のあたりで揺れる。
社員証を見ている自分の視線の先に、彼女の柔らかそうな身体があった。

なんで、こんな噂のよくない男に言ってきたのかな、とかわいそうに思った。
断ってあげた方が彼女にとっていい事なんだろうな、と感じる。


「告白相手、オレで合ってんの? 」


と思わず聞いた。
相容れないってかんじなんじゃないか。


「もちろん、そうです! 
す、好きだなって思ってたので告白しました」


まぁ、これは皆んなそんなこと言う。
でも全然違うと言い出すはずだ、彼女の考えてる付き合いかたと。


「やめといたら? 知ってんでしょ? オレのやり方」


と一応、祐一は親切にも忠告してあげた。
価値観が違うと、勝手に傷ついちゃうよ?
オレは、たぶん、変われないから⋯⋯ 。


「本気にならない。何の約束もしない。その時だけのカレシだよ? 」


そう言ったのに、彼女は続けた。


「いえ、私は彼氏が欲しいから告白したんじゃなくて、遠野さんだから⋯⋯ です」


(オレだからなんだ)と思うと、ちょっとくすぐったいようないい気になったのは祐一は自分でも意外だった。


「そこから、どうするかってことですが、
私、初めて、その⋯⋯ お付き合いするので、分かってないから確認させてください」
「⋯⋯ 」


なんか変な事言い出したよ、と祐一は思いながら女を見たら、少し震える指先を固く握っているのが見えた。


「私が付き合って欲しいと頼んでるのに、一つだけ、お願いを聞いてもらっていいですか? 」


(お願い? なんだ? )
と珍し言い方に、祐一は嫌な気にはならず、何をいうのか気になった。

しかも必死に考えたんだろうと伝わってきた。彼女の体の緊張も見てわかるぐらいだ。
言葉を探して、丁寧に話してる、わかって欲しいと。


「えっと、遠野さんが私に『して欲しくない』ってことを、遠野さんもやらないで欲しいって事です」
「は? 」
「私も全力で遠野さんがして欲しくない事はやりません! 」


「だから、嫌な事、言ってみて下さい」っ、と彼女は真剣な目で妙な迫力で言うので、具体的になんだろうか、と祐一はボンヤリ考えた。
そんな急に思いつかないが⋯⋯ 。

今までの女のイヤなところだったら、そうだな⋯⋯ 。


「束縛されたくない、とか
約束してって言われたくない、とか?」


ふんふん。と真面目に聞いてた彼女は


「わかりました! がんばります! 」


と真面目に答えた。

そんな女になんて返事する?
本当に付き合うのか?
この初心者のカノジョと?
大丈夫か?
と祐一は妙に心配になった。


「でも、まず名前教えて? 」
「あっ⋯⋯ 」

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