元書店員ですが、転生したら貴族令嬢になっていました!
19.① 夜会でやらかしました!
ヴィクトルが部屋を用意するように召使に声をかけに行っている間にちょっとした騒動が起こった。
私とエリックが立っている壁際の目の前で、ひとりの令嬢が、喚き散らしながらもう一人の令嬢に赤ワインのたっぷり入ったワイングラスをぶつけたのである。ぶつけられたご令嬢が着ていた薄ピンクのドレスは真っ赤になるわ、お互い大号泣だわ、大広間は騒然となった。
(貴族版キャットファイトだわ!)
お互いにまだ10代後半に見受けられる。しかし、それにしても激しい。
それぞれの従者や兄弟と思われる人たちに当人たちが回収された後、床に散らばったワイングラスを召使たちが片付け始めた。まだまだ若い女のメイドが大きなかけらを手で拾い上げようとしたときに、さっと手を引いたのが見えた。
(あ、めちゃくちゃ血が出てる)
勿論周りの貴族たちは既に誰も気にしていない。
「これ、使ってくださる?」
メイドがぽかんとした顔で私を見上げた。
エリックに止める暇はなかったと思う。それくらい自然と身体が動いていた。
私はしゃがみこむと、ハンカチで彼女の傷をそっと包んだ。
「痛いと思うけど、血が止まるまでこれでぎゅっと強く押さえつけた方がいいわよ」
「リ――アリアナ!」
慌ててエリックが近寄ってきたが、私はばさっと扇子を広げて、彼女が掴もうとしていたワイングラスのかけらを拾い上げ、彼女が既に拾っていたガラスが入っている箱に捨てた。
「ガラスは本当に危ないから気を付けてね」
「アリアナ」
エリックにそっと再度名前を呼びかけられて、私ははっと我に返り、青ざめた。しまった、やってしまった。周囲を見回したが、当初の令嬢たちの騒動が収まっているのもあってか、既に人々は私のことには誰も注視していなかった。
「ありがとうございます」
貴族令嬢らしからぬ行動に戸惑っているであろうメイドから声をかけられたので、お大事に、とにこりと笑った。すぐに立ち上がって、まだ呆然と立ちすくんでいるエリックの隣に戻る。
「ごめんなさい」
小声で、彼に素直に謝罪した。
「びっくりした―――でもリンネらしいといえばらしいかも」
「使用人には命令以外で寄ってはいけないって習っていたのに…」
私はしょんぼりと項垂れる。誰も見ていなかったようだから不幸中の幸いだったけれど、万が一見咎められていたらと思うと心底ぞっとする。書店で働いたとき、お客様に何かあるとすぐに対処するのも店員の仕事だった。目の前で、こんな若い子が怪我をしているのに、見て見ぬふりをするなんて私には出来なかった―――反射的な行動だったといってもいい―――けれど、自分の立場をわきまえていればこそ、その衝動を我慢しなければならなかったのだ。
しかもアリアナが具合悪いので、との理由にてヴィクトルに兄が頼んで部屋を用意させたのに。私は完全に失敗した。
「いいよ、それが今までの君の世界の常識だったんだろう?」
エリックの優しい言葉に私は視線を彼と合わせた。
みるみるうちに瞳が潤んでいくのをとめられなかった。
「そうだとしても、全て私が悪い―――ごめんなさい本当に。侯爵家に恥をかかせたわ」
紳士であるエリックはさっとハンカチを取り出して、涙を拭くようにと手渡してくれた。大丈夫、とばかりにぽんぽんと背中を優しく叩かれた。万が一心の中で呆れ果てていたとしても、あくまで兄という立場で彼は慰めてくれている。ただただ申し訳なかった。
「――部屋の準備ができたが」
後ろから冷静な声がかけられて、兄が、遅いぞヴィクターとのんきに声をあげた。
私とエリックが立っている壁際の目の前で、ひとりの令嬢が、喚き散らしながらもう一人の令嬢に赤ワインのたっぷり入ったワイングラスをぶつけたのである。ぶつけられたご令嬢が着ていた薄ピンクのドレスは真っ赤になるわ、お互い大号泣だわ、大広間は騒然となった。
(貴族版キャットファイトだわ!)
お互いにまだ10代後半に見受けられる。しかし、それにしても激しい。
それぞれの従者や兄弟と思われる人たちに当人たちが回収された後、床に散らばったワイングラスを召使たちが片付け始めた。まだまだ若い女のメイドが大きなかけらを手で拾い上げようとしたときに、さっと手を引いたのが見えた。
(あ、めちゃくちゃ血が出てる)
勿論周りの貴族たちは既に誰も気にしていない。
「これ、使ってくださる?」
メイドがぽかんとした顔で私を見上げた。
エリックに止める暇はなかったと思う。それくらい自然と身体が動いていた。
私はしゃがみこむと、ハンカチで彼女の傷をそっと包んだ。
「痛いと思うけど、血が止まるまでこれでぎゅっと強く押さえつけた方がいいわよ」
「リ――アリアナ!」
慌ててエリックが近寄ってきたが、私はばさっと扇子を広げて、彼女が掴もうとしていたワイングラスのかけらを拾い上げ、彼女が既に拾っていたガラスが入っている箱に捨てた。
「ガラスは本当に危ないから気を付けてね」
「アリアナ」
エリックにそっと再度名前を呼びかけられて、私ははっと我に返り、青ざめた。しまった、やってしまった。周囲を見回したが、当初の令嬢たちの騒動が収まっているのもあってか、既に人々は私のことには誰も注視していなかった。
「ありがとうございます」
貴族令嬢らしからぬ行動に戸惑っているであろうメイドから声をかけられたので、お大事に、とにこりと笑った。すぐに立ち上がって、まだ呆然と立ちすくんでいるエリックの隣に戻る。
「ごめんなさい」
小声で、彼に素直に謝罪した。
「びっくりした―――でもリンネらしいといえばらしいかも」
「使用人には命令以外で寄ってはいけないって習っていたのに…」
私はしょんぼりと項垂れる。誰も見ていなかったようだから不幸中の幸いだったけれど、万が一見咎められていたらと思うと心底ぞっとする。書店で働いたとき、お客様に何かあるとすぐに対処するのも店員の仕事だった。目の前で、こんな若い子が怪我をしているのに、見て見ぬふりをするなんて私には出来なかった―――反射的な行動だったといってもいい―――けれど、自分の立場をわきまえていればこそ、その衝動を我慢しなければならなかったのだ。
しかもアリアナが具合悪いので、との理由にてヴィクトルに兄が頼んで部屋を用意させたのに。私は完全に失敗した。
「いいよ、それが今までの君の世界の常識だったんだろう?」
エリックの優しい言葉に私は視線を彼と合わせた。
みるみるうちに瞳が潤んでいくのをとめられなかった。
「そうだとしても、全て私が悪い―――ごめんなさい本当に。侯爵家に恥をかかせたわ」
紳士であるエリックはさっとハンカチを取り出して、涙を拭くようにと手渡してくれた。大丈夫、とばかりにぽんぽんと背中を優しく叩かれた。万が一心の中で呆れ果てていたとしても、あくまで兄という立場で彼は慰めてくれている。ただただ申し訳なかった。
「――部屋の準備ができたが」
後ろから冷静な声がかけられて、兄が、遅いぞヴィクターとのんきに声をあげた。