チョコレートがなくても

「ローマ史で有名なのは、第五代ローマ皇帝のネロじゃないかな？彼は暴君のイメージが強いと思うんだけど、実は芸術家になりたかったのに親によって無理やり皇帝にさせられた人だったんだって。ローマ以外に残された文などの研究によって、実際は国民から愛された皇帝だったことがわかってきたんだよ。だから、バレンタインの成り立ちに登場した皇帝も実際は結婚を禁止したりしてなかったみたいなんだ」

「へえ〜……。じゃあ、バレンタインの成り立ちに出てくる皇帝さんは無実の罪で責められてるってことか。他にはどんなお話があるの？」

絢音と同僚はしばらくローマ史のことについて話した後、再び仕事に集中し始める。でも世の中のバレンタインという甘いイベントの空気のせいか、すぐにその手は止まってしまうのだ。

「非リアにはキツいイベントよ〜。絢音は彼氏がいるんだよね？羨ましいわ。どんなチョコレート渡すの？」

そう訊ねる同僚に、絢音は「今年は渡せないかな」と寂しげに笑う。バレンタインのことを考えると、頭の中に自然と彼の顔が浮かんで会いたい気持ちが大きくなっていった。