お願い、名前を呼んで。
次の日、朝一で藤田さんのデスクに向かう。

「おはようございます。藤田さん、私、藤田さんに頼ってもいいですか?」

「えっ、僕に?頼る相手が違うと思うけど・・・。取り敢えず、野崎さんの話聞くよ。」

私は、空いているスペースに図面を広げた。

「あの、この壁なんですけど、取り払うことって出来ますか?」

「いきなり、斬新な事を言うね。」

「この劇場は大きな天窓がありますよね。この壁を外したら、その天窓からもっと光が広がるんじゃないかと思って。太陽の優しい光がこの劇場を包んでくれるような、そんなイメージなんですけど・・・。」

「うーん、それは良いアイディアだね。そしたら、壁に使う予定の資材も必要なくなるって訳か。検討の余地はありそうだな。」

「ありがとうございます。」

「いや、こちらこそありがとう。僕達設計は、ついつい先に強度とか耐震性を考えてしまうからね。こんなチャレンジもありだよね。でも、どうやって、これを思い付いたの?」

「実は、思い付いたというより、昨日、設計部さんのデータベースを覗かせてもらって、このアイディアをお借りしたという方が正しいかも。」

「ふーん、そう言えば、こんな斬新なアイディアをよく考えている奴が、うちの設計部にいたな。今は、出張に行ゃってるけど。野崎さんにとっては、俺はあいつには敵わないってことだね。何か悔しいけど。」

そう言いながら、藤田さんは笑ってくれた。

「そんなんじゃないです、私、藤田さんのデザインも好きですから!」

「そんなにムキにならないで。冗談だから。そうだ、これは沢村に任せてみようかな。あいつにとっても良い勉強になるから。」

そう言うと、藤田さんは沢村君を呼んだ。

沢村君は藤田さんの下に付いている若手社員だ。
プロジェクトメンバーの一員でもあるから、社内ミーティングにはいつも参加している。

「沢村、この図面見て。今の強度を保ったまま、この壁を取っ払いたいんだ。やってみろ。」

「はい、了解しました。藤田さんの命令ならお断りしてたところですが、野崎さんのお願いなら喜んでお引き受けします。」

沢村君はいたって真剣だ。

「何だそれ。」

「僕だって、野崎さんのお役に立ちたいですから。」

二人のやり取りに吹き出してしまう。
とてもいい師弟関係だからこその軽口だ。

「ありがとう、沢村君、よろしくお願いします。」
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