闇に堕ちる聖女 ―逢瀬は夢の中で―
魔王の目的
奇妙な空間だった。勇者は意識を失って倒れ、魔王は聖女に組み敷かれている。しかしこれは膠着状態であって、レスカーテと魔王トルトゥーラではあまりにもレスカーテの方が歩が悪かった。
聖女としての修練はもちろんしているが、それは勇者との協力が前提だ。肉弾戦において魔王に上回る自信はレスカーテには無かった。
トルトゥーラはレスカーテに組み敷かれている事を楽しんでいるようにすら見えた。いつでも形成を逆転できる。そんな余裕だった。
「気丈だな、当代聖女は」
馬乗りになられているのとかけているつもりなのか、レスカーテは鼻白んだ。
「そうね、馬術は得意かも」
そう言いながら膝を締めて、上体をぐっと押した。人ならば、喉元を押さえつけられてうめく状況だった。
「これはどうした目論見なの? あなたは 何をしたの?」
レスカーテが詰め寄るとトルトゥーラはおどけた顔を作って答えた。
「何も?」
「ではどうしてレイは? 勇者はあんな事に あなたが何か仕組んだのでしょう?」
「仕組む……ねえ、俺は語りかけただけだ、あいつに、お前にしたように」
「それはつまり夢に出てきた……という事?」
「俺の体はずっとここにあった。動く事はできない、……だが、精神は、心は……」
一呼吸置いて、トルトゥーラは口元を歪めた。
「聖女であるお前と、そこに転がっている勇者と繋がっていたのさ」
夢に見続けたトルトゥーラの姿を思い出しながら、レスカーテはこれまでの事に合点がいった。
不思議と、理由がはっきりした事で、レスカーテは安堵していた。どこか持っていた罪悪感がすっと消える。しかし、自分の中にある魔王への憧憬のようなもの、あれは仕向けられたものなのか? それとも……。
「……なるほど、そういう事だったのか」
レスカーテはトルトゥーラの喉元に突きつけた杖にいっそうの体重を乗せた。
「ならば私の見た夢は、お前の仕業だったという事だな、忌避すべき存在、魔王トルトゥーラ、思い残す事は無い、私の一命をかけてお前を封印する」
息の根を止めるように込められるレスカーテの力に、女の力をあなどっていたトルトゥーラは少し焦り始めた。
最も恐れるべきである勇者がたやすく操れていたという事で油断していたとレスカーテを振りほどこうとした時には既に遅かった。
「待て!! ……待て待て待て待て、待ってくれ」
レスカーテの様子に驚いてトルトゥーラの表情から余裕が薄らぐ。
「それでいいのか? お前は、女として生まれ、その喜びも知らずに世のために命を散らしてもいいと?」
「聖女としての役割を与えられたその時より死は覚悟の上」
トルトゥーラの言葉に少しも動揺しないレスカーテは力を緩める事が無い。
しかし、女の喜び、とはそもそも何を言うのか、喜びに男も女もあるまいに、と、レスカーテが逡巡すると、そのわずかな隙をトルトゥーラは見逃さなかった。
トルトゥーラが下肢に力を入れると、前のめり気味になっていたトルトゥーラは力点を見失い、体が浮き上がってしまった。レスカーテがよろけた所をすくい上げるようにしてトルトゥーラがレスカーテの体を抱え込み、そのまま石畳に押さえつけた。
「どうやら形勢逆転のようだ」
レスカーテは先程自分がトルトゥーラにしていたのと同じように抑え込まれてしまった。違うところは、武器を持たないトルトゥーラは、レスカーテの両手を押さえつけ、下肢にのしかかる事で体の自由を奪っているというところだった。
「くッ……」
強い力で抑え込まれてレスカーテはうめいた。武術の訓練もしていた、馬術も、しかし、今、単身で魔王と対峙した自分はあまりにも脆弱だった。
「哀れな……」
レスカーテを見下ろすトルトゥーラからは、先程まで浮かべていた嘲笑めいた笑みが消えていた。
「教えてやろう、聖女よ、俺が勇者に何をしたかを」
トルトゥーラは気を失って倒れているレイをちらりと見て、言った。
「言っただろう、俺にできたのはお前とあいつの夢に姿を見せる事くらいだと」
夢で見たトルトゥーラの姿を思い出す。暗い地の底で眠りにつく魔王の姿を。目覚めたならば、いったいどんな声で話をし、どんな瞳の色なのかを、好奇心から見てみたいと思っていた事を思い出して、レスカーテはわずかに頬を染めた。
「夢の中のお前はもっとずっと幼かったが……」
組み伏せたレスカーテの肢体を、トルトゥーラはじっくり舐め回すように見た。
「こうして触れる事ができるとは……」
戒めを解こうとするレスカーテの動きは油断がならず、トルトゥーラはレスカーテの体に触れる事をあきらめた。
「あいつは、もっと俗物で小物だったよ、願わくば、自らの妹を犯したいという願いを隠そうともしなかった」
トルトゥーラの言葉は、真実では無いはずだ、自分を惑わそうとしている。……だが、確かにレスカーテは夢の中で逢っていた。同様にレイもそうであったと考えるのは不自然では無い。
レスカーテが無言でいると、トルトゥーラは続けた。
「だから俺はこう言った。お前の体を俺によこせと」
トルトゥーラは、レスカーテの耳に唇を寄せて、まるで睦言のようにささやいた。
トルトゥーラの呼吸が吹きかかり、レスカーテの背筋をぞくりとしたものが走る。不思議と嫌悪感は無く、どこか甘く、レスカーテの胸を締め付けた。
「ひあッ」
びくり、と、レスカーテが甘いため息を漏らすと、トルトゥーラは満足げに続ける。トルトゥーラの唇は、時折レスカーテの耳たぶを甘く食むように触れて、いたずらに彼女を惑わせた。
「あいつは、己の意志では無いと嬉々として妹と交わった、妹も喜んでいたぞ、あの娘は、ずっと兄を男として愛していたのだ、兄以上の男は居ないとな」
レスカーテは、夢の中で、絡み合うように体を重ね合うメーディカとトルトゥーラの姿を思い出した。あれは、あの姿は……。
トルトゥーラでは無く、レイ自身に起きた事だったのか。レスカーテは、胸の痛みがふっと消えたような気がした。メーディカの腹の子の父をトルトゥーラだと思った時に感じた、胸に熱い石の塊を突きつけられたような痛みが。
「……どうした、驚かないのか?」
レスカーテが動揺しない事に幾分驚いたようにトルトゥーラが体を起こした。
「ええ、……そうね、驚くべきこと……よね」
実の兄妹で交わり、さらに子をも成したというレイとメーディカ。似合いの一対、白く光輝くような二人を、レスカーテは本当にお似合いだと思っていたのだ。
本来であれば、レイはレスカーテの婚約者で、レイの子を産まなくてはならなかったはずなのに、怒りも憎しみもわかず、今はただ、トルトゥーラの動き一つ一つに目を奪われていた。
もっと触れて欲しいとすら思っていた。
戒めを解こうとしていたレスカーテの体が力を抜いている事にトルトゥーラも気づいた。
「どうした、驚いて抵抗する気持ちも失せたか」
毒気を抜かれたようにトルトゥーラは横たわるレスカーテを見た。波打つような艷やかな黒髪が広がり、凛とした瞳は真っ直ぐにトルトゥーラを見つめ返す。そこには、嘲りや憎しみ、忌まわしいものを見るようなものでは無かった。
「どうしてあなたは私の夢に現れたの?」
唐突に尋ねられて、トルトゥーラは戸惑ったように視線を外した。レスカーテの真っ直ぐあな視線に、何故か顔が赤く染まる。
「あなたはただ現れただけだった、現れ続けただけだった、レイにそうしたように、何かを囁いて操ろうとは思わなかったの?」
トルトゥーラは見ていた。眠ったままで見ていた。幼い娘が美しく成長していく様を見続けた。恐れ、戸惑いながらも、罵ったりする事なく、怯える事無く、ただ自分を見つめていたレスカーテの瞳。
今、当人を前にして湧き上がる、この抱きしめたいという衝動は何なのか。
トルトゥーラは戸惑っていた。
押し倒し、唇を寄せた時にあげたレスカーテの甘い吐息を、もっと聞きたいという感情に。このまま引き寄せて、思うままに蹂躙したいとい衝動に、ただ戸惑っていた。
「お前は、何もしなかったからな」
黙って見つめていただけ。
不思議そうに、そして、どこか愛おしそうに。
「私、ずっとあなたの声を聞きたかったのよ」
「だから、あなたの声が聞けてうれしい」
ぽつり、と、レスカーテが素直い言うと、たまらずにトルトゥーラはレスカーテを抱き起こした。
「俺もだ、ずっと触れてみたいと思っていた、戒められたこの地下で、お前の成長を夢の中で見続ける事だけが私の楽しみだった、いつか訪れるはずの、私を滅ぼすはずの存在に、俺はずっと惹かれていた」
レスカーテとトルトゥーラは見つめ合い、お互いがお互いを求めていたのだという事に気づいた。
「俺は、魔族の王だ、残されたたった一人の、お前たちから見れば忌むべき存在、滅ぼされなくてはならない存在だ」
トルトゥーラは、恐る恐るレスカーテの唇に触れた。
「私は、聖女よ、本来ならば勇者の子を産み、魔族の最後の一人を滅ぼさなくてはならない者よ?」
レスカーテの手が、トルトゥーラの衣に触れた。姿は人とそう変わらない、忌むべき魔族の最後の一人を、どうしてこんなに愛おしいと思ってしまうのか不思議だった。
これは魔王の術中なのか、レイが惑わされたのと同じように、自分もまた、懐柔されようとしているのか。
レスカーテにはわからなかった。
「お前に触れてもいいだろうか」
おずおずと尋ねるトルトゥーラの顔には、尊大なところは無かった。
「私も、あなたに触れてみたい」
レスカーテが見つめ返す。
魔王と聖女はゆっくりと顔を近づけて口づけた。
トルトゥーラはレスカーテの唇の柔らかさに驚き、戸惑いながらも、レスカーテの体を引き寄せた。レスカーテはトルトゥーラの腕を、唇を受け入れた。そして、レスカーテも両腕をトルトゥーラの背に回し、抱きついた。
互いの隙間がなくなるまで密接した二人は、長い、長い口づけを交わした。
聖女としての修練はもちろんしているが、それは勇者との協力が前提だ。肉弾戦において魔王に上回る自信はレスカーテには無かった。
トルトゥーラはレスカーテに組み敷かれている事を楽しんでいるようにすら見えた。いつでも形成を逆転できる。そんな余裕だった。
「気丈だな、当代聖女は」
馬乗りになられているのとかけているつもりなのか、レスカーテは鼻白んだ。
「そうね、馬術は得意かも」
そう言いながら膝を締めて、上体をぐっと押した。人ならば、喉元を押さえつけられてうめく状況だった。
「これはどうした目論見なの? あなたは 何をしたの?」
レスカーテが詰め寄るとトルトゥーラはおどけた顔を作って答えた。
「何も?」
「ではどうしてレイは? 勇者はあんな事に あなたが何か仕組んだのでしょう?」
「仕組む……ねえ、俺は語りかけただけだ、あいつに、お前にしたように」
「それはつまり夢に出てきた……という事?」
「俺の体はずっとここにあった。動く事はできない、……だが、精神は、心は……」
一呼吸置いて、トルトゥーラは口元を歪めた。
「聖女であるお前と、そこに転がっている勇者と繋がっていたのさ」
夢に見続けたトルトゥーラの姿を思い出しながら、レスカーテはこれまでの事に合点がいった。
不思議と、理由がはっきりした事で、レスカーテは安堵していた。どこか持っていた罪悪感がすっと消える。しかし、自分の中にある魔王への憧憬のようなもの、あれは仕向けられたものなのか? それとも……。
「……なるほど、そういう事だったのか」
レスカーテはトルトゥーラの喉元に突きつけた杖にいっそうの体重を乗せた。
「ならば私の見た夢は、お前の仕業だったという事だな、忌避すべき存在、魔王トルトゥーラ、思い残す事は無い、私の一命をかけてお前を封印する」
息の根を止めるように込められるレスカーテの力に、女の力をあなどっていたトルトゥーラは少し焦り始めた。
最も恐れるべきである勇者がたやすく操れていたという事で油断していたとレスカーテを振りほどこうとした時には既に遅かった。
「待て!! ……待て待て待て待て、待ってくれ」
レスカーテの様子に驚いてトルトゥーラの表情から余裕が薄らぐ。
「それでいいのか? お前は、女として生まれ、その喜びも知らずに世のために命を散らしてもいいと?」
「聖女としての役割を与えられたその時より死は覚悟の上」
トルトゥーラの言葉に少しも動揺しないレスカーテは力を緩める事が無い。
しかし、女の喜び、とはそもそも何を言うのか、喜びに男も女もあるまいに、と、レスカーテが逡巡すると、そのわずかな隙をトルトゥーラは見逃さなかった。
トルトゥーラが下肢に力を入れると、前のめり気味になっていたトルトゥーラは力点を見失い、体が浮き上がってしまった。レスカーテがよろけた所をすくい上げるようにしてトルトゥーラがレスカーテの体を抱え込み、そのまま石畳に押さえつけた。
「どうやら形勢逆転のようだ」
レスカーテは先程自分がトルトゥーラにしていたのと同じように抑え込まれてしまった。違うところは、武器を持たないトルトゥーラは、レスカーテの両手を押さえつけ、下肢にのしかかる事で体の自由を奪っているというところだった。
「くッ……」
強い力で抑え込まれてレスカーテはうめいた。武術の訓練もしていた、馬術も、しかし、今、単身で魔王と対峙した自分はあまりにも脆弱だった。
「哀れな……」
レスカーテを見下ろすトルトゥーラからは、先程まで浮かべていた嘲笑めいた笑みが消えていた。
「教えてやろう、聖女よ、俺が勇者に何をしたかを」
トルトゥーラは気を失って倒れているレイをちらりと見て、言った。
「言っただろう、俺にできたのはお前とあいつの夢に姿を見せる事くらいだと」
夢で見たトルトゥーラの姿を思い出す。暗い地の底で眠りにつく魔王の姿を。目覚めたならば、いったいどんな声で話をし、どんな瞳の色なのかを、好奇心から見てみたいと思っていた事を思い出して、レスカーテはわずかに頬を染めた。
「夢の中のお前はもっとずっと幼かったが……」
組み伏せたレスカーテの肢体を、トルトゥーラはじっくり舐め回すように見た。
「こうして触れる事ができるとは……」
戒めを解こうとするレスカーテの動きは油断がならず、トルトゥーラはレスカーテの体に触れる事をあきらめた。
「あいつは、もっと俗物で小物だったよ、願わくば、自らの妹を犯したいという願いを隠そうともしなかった」
トルトゥーラの言葉は、真実では無いはずだ、自分を惑わそうとしている。……だが、確かにレスカーテは夢の中で逢っていた。同様にレイもそうであったと考えるのは不自然では無い。
レスカーテが無言でいると、トルトゥーラは続けた。
「だから俺はこう言った。お前の体を俺によこせと」
トルトゥーラは、レスカーテの耳に唇を寄せて、まるで睦言のようにささやいた。
トルトゥーラの呼吸が吹きかかり、レスカーテの背筋をぞくりとしたものが走る。不思議と嫌悪感は無く、どこか甘く、レスカーテの胸を締め付けた。
「ひあッ」
びくり、と、レスカーテが甘いため息を漏らすと、トルトゥーラは満足げに続ける。トルトゥーラの唇は、時折レスカーテの耳たぶを甘く食むように触れて、いたずらに彼女を惑わせた。
「あいつは、己の意志では無いと嬉々として妹と交わった、妹も喜んでいたぞ、あの娘は、ずっと兄を男として愛していたのだ、兄以上の男は居ないとな」
レスカーテは、夢の中で、絡み合うように体を重ね合うメーディカとトルトゥーラの姿を思い出した。あれは、あの姿は……。
トルトゥーラでは無く、レイ自身に起きた事だったのか。レスカーテは、胸の痛みがふっと消えたような気がした。メーディカの腹の子の父をトルトゥーラだと思った時に感じた、胸に熱い石の塊を突きつけられたような痛みが。
「……どうした、驚かないのか?」
レスカーテが動揺しない事に幾分驚いたようにトルトゥーラが体を起こした。
「ええ、……そうね、驚くべきこと……よね」
実の兄妹で交わり、さらに子をも成したというレイとメーディカ。似合いの一対、白く光輝くような二人を、レスカーテは本当にお似合いだと思っていたのだ。
本来であれば、レイはレスカーテの婚約者で、レイの子を産まなくてはならなかったはずなのに、怒りも憎しみもわかず、今はただ、トルトゥーラの動き一つ一つに目を奪われていた。
もっと触れて欲しいとすら思っていた。
戒めを解こうとしていたレスカーテの体が力を抜いている事にトルトゥーラも気づいた。
「どうした、驚いて抵抗する気持ちも失せたか」
毒気を抜かれたようにトルトゥーラは横たわるレスカーテを見た。波打つような艷やかな黒髪が広がり、凛とした瞳は真っ直ぐにトルトゥーラを見つめ返す。そこには、嘲りや憎しみ、忌まわしいものを見るようなものでは無かった。
「どうしてあなたは私の夢に現れたの?」
唐突に尋ねられて、トルトゥーラは戸惑ったように視線を外した。レスカーテの真っ直ぐあな視線に、何故か顔が赤く染まる。
「あなたはただ現れただけだった、現れ続けただけだった、レイにそうしたように、何かを囁いて操ろうとは思わなかったの?」
トルトゥーラは見ていた。眠ったままで見ていた。幼い娘が美しく成長していく様を見続けた。恐れ、戸惑いながらも、罵ったりする事なく、怯える事無く、ただ自分を見つめていたレスカーテの瞳。
今、当人を前にして湧き上がる、この抱きしめたいという衝動は何なのか。
トルトゥーラは戸惑っていた。
押し倒し、唇を寄せた時にあげたレスカーテの甘い吐息を、もっと聞きたいという感情に。このまま引き寄せて、思うままに蹂躙したいとい衝動に、ただ戸惑っていた。
「お前は、何もしなかったからな」
黙って見つめていただけ。
不思議そうに、そして、どこか愛おしそうに。
「私、ずっとあなたの声を聞きたかったのよ」
「だから、あなたの声が聞けてうれしい」
ぽつり、と、レスカーテが素直い言うと、たまらずにトルトゥーラはレスカーテを抱き起こした。
「俺もだ、ずっと触れてみたいと思っていた、戒められたこの地下で、お前の成長を夢の中で見続ける事だけが私の楽しみだった、いつか訪れるはずの、私を滅ぼすはずの存在に、俺はずっと惹かれていた」
レスカーテとトルトゥーラは見つめ合い、お互いがお互いを求めていたのだという事に気づいた。
「俺は、魔族の王だ、残されたたった一人の、お前たちから見れば忌むべき存在、滅ぼされなくてはならない存在だ」
トルトゥーラは、恐る恐るレスカーテの唇に触れた。
「私は、聖女よ、本来ならば勇者の子を産み、魔族の最後の一人を滅ぼさなくてはならない者よ?」
レスカーテの手が、トルトゥーラの衣に触れた。姿は人とそう変わらない、忌むべき魔族の最後の一人を、どうしてこんなに愛おしいと思ってしまうのか不思議だった。
これは魔王の術中なのか、レイが惑わされたのと同じように、自分もまた、懐柔されようとしているのか。
レスカーテにはわからなかった。
「お前に触れてもいいだろうか」
おずおずと尋ねるトルトゥーラの顔には、尊大なところは無かった。
「私も、あなたに触れてみたい」
レスカーテが見つめ返す。
魔王と聖女はゆっくりと顔を近づけて口づけた。
トルトゥーラはレスカーテの唇の柔らかさに驚き、戸惑いながらも、レスカーテの体を引き寄せた。レスカーテはトルトゥーラの腕を、唇を受け入れた。そして、レスカーテも両腕をトルトゥーラの背に回し、抱きついた。
互いの隙間がなくなるまで密接した二人は、長い、長い口づけを交わした。