闇に堕ちる聖女 ―逢瀬は夢の中で―
聖女の選択
 トルトゥーラ、魔族の王、魔王。

 しかし一族はことごとく滅び、ただ一人残され、ついには地下に封印された。

 最後の一人でありながら、消える事もできず、ただ時間が過ぎていった。これ以上の罰は無いだろう。

 トルトゥーラは遠ざかる意識の中で、自分を封印する聖女と勇者の姿を眺めながら考えていた。

 これでは生殺しだ。

 仮に封印が解けたとして、どこにも仲間は居ないのだ。

 最後の魔族、最後の一人。どうして永らえたいと思うのか。

 封印された地下の回廊で、トルトゥーラはずっと呼び続けた。自分に気づいてくれる誰かを。答えてくれる存在を。

 初め、姿を表した少女を、トルトゥーラは幻だと思った。

 誰にも会えず、仲間も居ない自分の作り出した幻影なのではないかと。

 黒髪の、意志の強そうな娘の顔には見覚えがあった。封印される間際、最後の顔を思い出す。

 まさか、この娘は。

 既に恨む気持ちは無かった。それほどにトルトゥーラは孤独だった。

 時折現れる姿を見るだけでも、トルトゥーラにとってそれは救いだった。

 娘の名もわかった。

 レスカーテ。

 聖女の一族の娘、娘もまた、トルトゥーラの名を知っているようだった。

 娘はトルトゥーラに興味をもっているようだった。

 話しかけ、名を問われる。

 どこからか知ったのか、正体が魔王である事がわかってからも、レスカーテの態度は大きくは変わらなかった。

 どうすればレスカーテと対面が叶うのか、封印が解ければ、自らこの場所を出て、会いに行けるのだろうか。

 考える時間はあった。

 それまで思ってもみなかった事だったが、肉体は封印されているものの、遠隔操作によって可能な術の幾つかは使える事がわかった。離れた場所の様子を見ることは容易だった。

 ただし、レスカーテの家人達、レスカーテ以外の者達と意識を通わせる事はできなかった。『見る』事はできる。だが、トルトゥーラからの呼びかけに気づく者は居なかった。

 あきらめて『眺める』事だけを試し続けながら、トルトゥーラの気配に気づいた者が居た。それがレイだった。

 勇者の一族の者、……そして、恐らくは、トルトゥーラを消滅させる為の者。

 レスカーテに出会う前であったなら、喜んで消滅を受け入れただろう。むしろ救いであったかもしれない。

 トルトゥーラはレイを観察し、そして、『隙』を見つけた。

 レイの密かな望み。

 勇者としてふさわしくない、否、都の貴族の当主として相応しくない、誰にも明かせない感情を。

 トルトゥーラはレイに関しては自ら干渉できる事に気づいた。

 レスカーテ同様、勇者であるゆえか。聖女と勇者、魔王と繋がる因果の糸がそれを可能としているのか。

 そうなれば事は簡単だった。

 レイは堕ちた。

 堕ちる為のきっかけを探していたのだと思えるほどに、それは簡単な事だった。

 妹を犯すのは自らの身体では無い、そうささやくだけでよかった。

 ほんの少し考えればわかったであろうし、行動を起こせばなおのこと。

 快楽に溺れながら、レイが気づいていないはずは無かった。

 だが、レイは考える事から逃げたのだ。

 そしてトルトゥーラの願いはかなった。

 元より、消滅を願っていた。

 闇の中でたった一人で過ごしていた。

 差し込んだ光と思えたものは、我が身を滅ぼす者だった。

 滅ぼされ、消えていく事を受け入れたくないと願うようになったのが、それを成すはずの者だという皮肉に、トルトゥーラは慟哭した。

 ……しかし。
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