闇に堕ちる聖女 ―逢瀬は夢の中で―
娘は、メーディカと名乗った。レイの妹だという。
突然現れたレスカーテの事を、メーディカだけでなく看護婦二人も知っていた。
「どこかご病気なのですか? メーディカ様は」
レスカーテはメーディカに聞いてみた。なるほど、逃げるように去っていった馬車はメーディカを診察に来た医師だったのか、と、予想して。
「病気では無いの、あとお姉様、お姉様は私の兄と結婚なさるのだから、私の事はメーディカとお呼び下さい」
見とれるほど柔らかく優しげな笑顔でメーディカが言う。
病気では無い? では先程までの騒ぎはいったい何だというのか、そしてこの看護婦達は? と、レスカーテが視線を移すと、看護婦二人もメーディカとレスカーテの様子をうかがっていた。
「……ではメーディカ、先程大きな物音はいったい……」
「私、最近少しぼんやりしてしまって……、よろけて転んでしまったの、病気ではないのですけれど、時々思ってもいない場所にいたり、突然もの悲しくなって泣き出してしまったり……」
そういうメーディカの視線はレスカーテのさらに先を見通すほどに遠かった。視点が定まっていない? そう思ったレスカーテはメーディカから事情を聞き出す事をあきらめた。
情緒不安定さが、この美しい娘をどこか危うげに見せているのか、と、レスカーテは思った。思ってもいない場所にいた、などというのは、夢遊病の症状を思わせる。
「病気では無いようだけれど、体調万全というわけでもないようですね、……ご自愛下さい、夜分に突然失礼いたしました、また改めてご挨拶に参ります」
ちらりと看護婦二人に目配せするようにしてレスカーテはその場を辞した。
「いいえ、お姉様、本来でしたら私の方からご挨拶に行かなくてはならないところでした、寛大なお言葉に感謝いたします」
おそらくは寝間着なのだろうし、ベッドの上でであるにも関わらず、メーディカは優美だった。思わず目を奪われそうになる。
レスカーテは客間に戻りつつ、メーディカのような美しい妹を持つレイが、自分に対して言う『美しさ』とはいったい何を指すのだろうと困惑していた。
そして、やはりレイの言葉はどうにも上辺を取り繕ったもので、真実では無いのだと結論づけた。
もちろん、レスカーテとて不美人では無い。だが、社交の場とは縁遠く、都流の洗練された令嬢と比べてしまえばあまりにも自分は野暮ったい。艷やかな漆黒の髪は、『美しい』という言葉よりも『凛々しい』という方がふさわしく、男性にもてはやされそうな要素とはあまりにも遠いように思えた。
いいや、と、レスカーテはかぶりを振る。自分の婚姻はあくまでも役目の為。妻としての愛や、母としての喜びなどは望むべきものでは無いのだと己を戒めるのだった。
レスカーテがメーディカの元を後にすると、先程の騒ぎがまるで無かったかのように静かになった。
いったいあれは何の騒ぎだったのか。
割り切れない気持ちを残しながら、レスカーテが夫となる勇者の邸宅に来た最初の一夜が過ぎていった。
突然現れたレスカーテの事を、メーディカだけでなく看護婦二人も知っていた。
「どこかご病気なのですか? メーディカ様は」
レスカーテはメーディカに聞いてみた。なるほど、逃げるように去っていった馬車はメーディカを診察に来た医師だったのか、と、予想して。
「病気では無いの、あとお姉様、お姉様は私の兄と結婚なさるのだから、私の事はメーディカとお呼び下さい」
見とれるほど柔らかく優しげな笑顔でメーディカが言う。
病気では無い? では先程までの騒ぎはいったい何だというのか、そしてこの看護婦達は? と、レスカーテが視線を移すと、看護婦二人もメーディカとレスカーテの様子をうかがっていた。
「……ではメーディカ、先程大きな物音はいったい……」
「私、最近少しぼんやりしてしまって……、よろけて転んでしまったの、病気ではないのですけれど、時々思ってもいない場所にいたり、突然もの悲しくなって泣き出してしまったり……」
そういうメーディカの視線はレスカーテのさらに先を見通すほどに遠かった。視点が定まっていない? そう思ったレスカーテはメーディカから事情を聞き出す事をあきらめた。
情緒不安定さが、この美しい娘をどこか危うげに見せているのか、と、レスカーテは思った。思ってもいない場所にいた、などというのは、夢遊病の症状を思わせる。
「病気では無いようだけれど、体調万全というわけでもないようですね、……ご自愛下さい、夜分に突然失礼いたしました、また改めてご挨拶に参ります」
ちらりと看護婦二人に目配せするようにしてレスカーテはその場を辞した。
「いいえ、お姉様、本来でしたら私の方からご挨拶に行かなくてはならないところでした、寛大なお言葉に感謝いたします」
おそらくは寝間着なのだろうし、ベッドの上でであるにも関わらず、メーディカは優美だった。思わず目を奪われそうになる。
レスカーテは客間に戻りつつ、メーディカのような美しい妹を持つレイが、自分に対して言う『美しさ』とはいったい何を指すのだろうと困惑していた。
そして、やはりレイの言葉はどうにも上辺を取り繕ったもので、真実では無いのだと結論づけた。
もちろん、レスカーテとて不美人では無い。だが、社交の場とは縁遠く、都流の洗練された令嬢と比べてしまえばあまりにも自分は野暮ったい。艷やかな漆黒の髪は、『美しい』という言葉よりも『凛々しい』という方がふさわしく、男性にもてはやされそうな要素とはあまりにも遠いように思えた。
いいや、と、レスカーテはかぶりを振る。自分の婚姻はあくまでも役目の為。妻としての愛や、母としての喜びなどは望むべきものでは無いのだと己を戒めるのだった。
レスカーテがメーディカの元を後にすると、先程の騒ぎがまるで無かったかのように静かになった。
いったいあれは何の騒ぎだったのか。
割り切れない気持ちを残しながら、レスカーテが夫となる勇者の邸宅に来た最初の一夜が過ぎていった。