夏の花火があがる頃
第1話 忘れたかった人
インテリアコーディネーターの仕事を始めたきっかけは、将来独立をしてフリーランスの仕事に就けると思ったからだ。
ずっと独身を貫いていた父が再婚したことをきっかけに、地元の北海道から東京の大学へ出た。
大学を卒業した後、事務職の仕事に就いたが、いまいち仕事に対するモチベーションが上がらなかった。
経済雑誌に掲載される収入格差の記事を読む度に、自分が三十代になった時にはどのような人間になるべきなのかを考えるようにしていた。
そのことを考えている時は、余計なことを考えなくて済むからだ。
人生の生きる意味を考えたかったのかもしれない。
結局、新卒で入社した大手企業の事務職は三年で退社して、代官山にある小さな会社でインテリアコーディネーターの仕事に就いた。
やりがいこそあるものの、二十八歳にもなって未だに生きる意味は見出せないでいる。
「篠原ちゃん、このあいだの案件どうなった?」
「FURADAですよね?契約取れました。明日ミーティングです」
まとめた資料を出しながら、篠原めぐみは上司である宮舘真子に伝える。
「ああ、あれまとまったのね!さすが篠原ちゃん」
「ありがとうございます。運が良かっただけですよ」
「FURADAは日本において新鋭企業だし、うまくやれれば今後どんどん仕事が増えていくからね。責任重大だ」
「プレッシャーかけないでくださいよ」
苦笑いを浮かべながら言うめぐみに、宮舘は「ご謙遜を」と笑った。
この会社でうまくやれているのは、彼女の存在が大きいとめぐみは思っていた。
女だって、男だって、結果を出した人を認めていきましょうよ。そういった新しい風を社内において働きかけてくれているおかげで、めぐみもその他の女性社員も思い切り仕事をすることができていた。
彼女の存在は社内では大きく、宮舘はおおいに信用されていた。
「それじゃあ、任せたよ」
そう言って、宮舘はめぐみのデスクを離れて行った。
三十代で二児の母とは思えないスタイルの良さに、憧れの念すら抱く。
仕事も順調で、愛する人と家庭を築いている。それがひどく羨ましく憧れる。
FURADAはアメリカから進出してきた、カフェチェーン店だ。
渋谷のヒカリエというビルに一号店を出してから、爆発的にヒットした。コーヒーと言えば、スターバックスと並ぶほどの勢いとなっている。
今回めぐみが担当するのは、記念すべき十店舗目。
東京駅の目の前にある大きなオフィスビルに、その店舗は入ることとなった。
この企画が成功すれば、インテリアコーディネーターとして、少しくらいは名を馳せることができるかもしれない。
まだ五月だというのにも関わらず、まるで真夏のように日差しが強かった。太陽が雲に隠れた瞬間、風が少しだけぬるくなる。
額に浮かぶ汗をぬぐい、めぐみは板橋駅前にあるマルエツというスーパーに足を運んだ。
外食するのは、あまり好きではない。買い物カゴに食材を入れながら、今夜はニョッキと焼き野菜にしようと献立を決める。
蒸したジャガイモと強力粉と粉チーズを混ぜて丸め、フォークで潰す。それを、オリーブオイルで炒め、パプリカや茄子などの野菜も入れる。
ボトルの空いた赤ワインをグラスに注ぎ、出来上がった料理の横に添えれば、それだけで立派なディナーだ。
外食すればきっとこの食事だけで二千円近くはかかるだろうと、実際にかかったお金と比較しながら、めぐみは満足気な表情を浮かべた。
母親はめぐみが幼い頃からいなかった。
父親と二人で暮らして居る時期が長かったので、食事は小学生の頃からめぐみの担当だった。
凝り性な性格のせいか、料理に一旦夢中になったら、どんどん腕前は上がっていった。
自分好みの味付けが出来るようになったら、外食だと物足りなくなって、結局家で食事をすることが多くなっている。
北池袋のマンションは、滝野川方面になれば家賃もそこそこ抑えられる。
本当は、職業柄、渋谷などにあるデザイナーズマンションに住んだ方が、色々勉強になることも多いのだろうが、貯金もしたかったので品質よりも安さの方を選んでしまった。
クリーム色で統一した家具は、有名な漫画家が趣味でやっているアンティークの店で買い揃えた。
家賃を抑えたい理由も、このアンティークの家具を買いたかったからというのもあった。
パリの職人が作り出した家具に囲まれて暮らす生活は、非常に充実している。
充実していなければならない。
「疲れた……」
食事が済んだ後、めぐみは小さくため息をついた。
少しだけ重い身体を引きずって、ゆっくりと湯船に浸かる。
食事を作る前に、お湯をはっておいたのだ。
一日の疲れを、お風呂に入ることで癒す。
バニラオイルの香りが、身体中に染み渡る。
寝巻きに着替えるとほのかに香るバニラの香りが、めぐみは好きだった。
ベッドに横たわり、深呼吸をする。
落ち着く。疲れた。このまま眠りに落ちていきたい。
支度は、明日早く起きてすれば良い。そう自分に言い聞かせて、めぐみは瞳を閉じた。
ずっと独身を貫いていた父が再婚したことをきっかけに、地元の北海道から東京の大学へ出た。
大学を卒業した後、事務職の仕事に就いたが、いまいち仕事に対するモチベーションが上がらなかった。
経済雑誌に掲載される収入格差の記事を読む度に、自分が三十代になった時にはどのような人間になるべきなのかを考えるようにしていた。
そのことを考えている時は、余計なことを考えなくて済むからだ。
人生の生きる意味を考えたかったのかもしれない。
結局、新卒で入社した大手企業の事務職は三年で退社して、代官山にある小さな会社でインテリアコーディネーターの仕事に就いた。
やりがいこそあるものの、二十八歳にもなって未だに生きる意味は見出せないでいる。
「篠原ちゃん、このあいだの案件どうなった?」
「FURADAですよね?契約取れました。明日ミーティングです」
まとめた資料を出しながら、篠原めぐみは上司である宮舘真子に伝える。
「ああ、あれまとまったのね!さすが篠原ちゃん」
「ありがとうございます。運が良かっただけですよ」
「FURADAは日本において新鋭企業だし、うまくやれれば今後どんどん仕事が増えていくからね。責任重大だ」
「プレッシャーかけないでくださいよ」
苦笑いを浮かべながら言うめぐみに、宮舘は「ご謙遜を」と笑った。
この会社でうまくやれているのは、彼女の存在が大きいとめぐみは思っていた。
女だって、男だって、結果を出した人を認めていきましょうよ。そういった新しい風を社内において働きかけてくれているおかげで、めぐみもその他の女性社員も思い切り仕事をすることができていた。
彼女の存在は社内では大きく、宮舘はおおいに信用されていた。
「それじゃあ、任せたよ」
そう言って、宮舘はめぐみのデスクを離れて行った。
三十代で二児の母とは思えないスタイルの良さに、憧れの念すら抱く。
仕事も順調で、愛する人と家庭を築いている。それがひどく羨ましく憧れる。
FURADAはアメリカから進出してきた、カフェチェーン店だ。
渋谷のヒカリエというビルに一号店を出してから、爆発的にヒットした。コーヒーと言えば、スターバックスと並ぶほどの勢いとなっている。
今回めぐみが担当するのは、記念すべき十店舗目。
東京駅の目の前にある大きなオフィスビルに、その店舗は入ることとなった。
この企画が成功すれば、インテリアコーディネーターとして、少しくらいは名を馳せることができるかもしれない。
まだ五月だというのにも関わらず、まるで真夏のように日差しが強かった。太陽が雲に隠れた瞬間、風が少しだけぬるくなる。
額に浮かぶ汗をぬぐい、めぐみは板橋駅前にあるマルエツというスーパーに足を運んだ。
外食するのは、あまり好きではない。買い物カゴに食材を入れながら、今夜はニョッキと焼き野菜にしようと献立を決める。
蒸したジャガイモと強力粉と粉チーズを混ぜて丸め、フォークで潰す。それを、オリーブオイルで炒め、パプリカや茄子などの野菜も入れる。
ボトルの空いた赤ワインをグラスに注ぎ、出来上がった料理の横に添えれば、それだけで立派なディナーだ。
外食すればきっとこの食事だけで二千円近くはかかるだろうと、実際にかかったお金と比較しながら、めぐみは満足気な表情を浮かべた。
母親はめぐみが幼い頃からいなかった。
父親と二人で暮らして居る時期が長かったので、食事は小学生の頃からめぐみの担当だった。
凝り性な性格のせいか、料理に一旦夢中になったら、どんどん腕前は上がっていった。
自分好みの味付けが出来るようになったら、外食だと物足りなくなって、結局家で食事をすることが多くなっている。
北池袋のマンションは、滝野川方面になれば家賃もそこそこ抑えられる。
本当は、職業柄、渋谷などにあるデザイナーズマンションに住んだ方が、色々勉強になることも多いのだろうが、貯金もしたかったので品質よりも安さの方を選んでしまった。
クリーム色で統一した家具は、有名な漫画家が趣味でやっているアンティークの店で買い揃えた。
家賃を抑えたい理由も、このアンティークの家具を買いたかったからというのもあった。
パリの職人が作り出した家具に囲まれて暮らす生活は、非常に充実している。
充実していなければならない。
「疲れた……」
食事が済んだ後、めぐみは小さくため息をついた。
少しだけ重い身体を引きずって、ゆっくりと湯船に浸かる。
食事を作る前に、お湯をはっておいたのだ。
一日の疲れを、お風呂に入ることで癒す。
バニラオイルの香りが、身体中に染み渡る。
寝巻きに着替えるとほのかに香るバニラの香りが、めぐみは好きだった。
ベッドに横たわり、深呼吸をする。
落ち着く。疲れた。このまま眠りに落ちていきたい。
支度は、明日早く起きてすれば良い。そう自分に言い聞かせて、めぐみは瞳を閉じた。
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