夏の花火があがる頃
 腰を据えて色々と話をしてみると、柏木は非常に人間として魅力のある人間だった。

 めぐみのことを気遣いながら、豊富な知識で人を飽きさせない。

 無理に難しい話はしないし、たとえ専門的な知識が必要となるような話でも、めぐみが理解できるように優しい言葉に置き換えて話をしてくれるので、つまらないと思う話が一つもなかった。

 店を出る頃には、程よく酔い、どちらからともなくキスをしていた。

 優しいキスだった。

 軽く酒の香りが混ざり合う。

 優しく頭を撫でられて、腕を柏木の背中に回した。

 脳裏に一瞬だけ悠也の顔が過ぎったが、気がつかないふりをした。

「俺のマンションでいいですか?」

「はい」

 たったそれだけの会話を交わし、食事の時にしていた会話の続きを始める。

 柏木の住んでいるマンションは、渋谷駅のモヤイ像口から徒歩八分程度の場所にある、高級デザイナーズマンションだった。

 コンクリートが打ちっぱなしの外観は、めぐみの仕事柄ものすごく惹かれる景観であったし、設計した建築士はめぐみの仕事仲間がよく口にする人の名前だった。

「すごい」

「絶対に気に入ってくれると思ってたんだよね」

「策士ですね」

「よく言われます。子犬じゃないでしょう?」

 部屋の中に入ると、コンクリートの壁に何枚かの絵がかけられており、床には紺色の絨毯が敷かれていた。

 白いキッチンの上には、たくさんの調味料が整理整頓されて置いてあり、壁には鍋敷きや鍋つかみが垂直線に並んでかけられている。

 クリーム色のソファの上には、絨毯とお揃いの素材で作られたクッションが置いてあり、その横に柏木は自分の荷物をポンと置いた。

「こっちも見てみます?」

 柏木に案内されて、ロフトを上がると、十二畳ほどの広さの部屋の真ん中に、キングサイズのベッドが置かれていた。

 これも絨毯と色味が統一されている。

「たまらないです!」

 瞳をキラキラさせながら言うめぐみに、柏木は吹き出して「どうぞ、お好きなだけ堪能してください」と笑った。

「すみません。人の家に来てはしゃいで……」

「篠原さんのそんな喜ぶ姿を見ることができて、僕も嬉しいです。よかったら、今度一緒に家具や小物を選んでもらえますか?」

「え、この部屋好きに改造してもいいんですか?」

「うわ。態度変わりすぎでしょ。篠原さん」

「こんな物件好きにしていいなんて、天国すぎます」

 嬉々とした表情を浮かべるめぐみを背後から抱きしめて「あなたのお好きにどうぞ」と柏木は彼女のうなじへキスをする。

 振り返ると今度は唇が触れ合った。

 最初は啄ばむように、そしてどんどん深くなっていく。クリーム色のソファに押し倒されて、視線が絡まった。

「展開早くないですか?柏木さん」

「俺、せっかちなんで、待たされるの嫌いなんですよね」

「……なんですか、それ」

「大丈夫。せっかちですが、責任は取るタイプです」

 柏木のキスは優しい。

 まるで綿菓子を触るかのように、丁寧に扱われてめぐみはくすぐったいような気持ちになった。
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