夏の花火があがる頃
 生温い湿気った風が、身体を通り抜けていく。

 冷房の効いた丸ノ内線の電車の中で、悠也は少しだけネクタイを緩めた。

 少しだけカビた匂いが車内に充満している。

 電車の中は混んでいるが、ラッキーにも座れることが出来たので、膝の上にノートパソコンを置き、仕事をする。

 夏の前になると、あの頃の記憶ばかりが脳裏に蘇る。全く仕事にならない。
 
 おそらく日本の四季のせいだ。季節に身体が、脳が、心が勝手に反応する。
 
 仕事にならないと心の中で毒づきながらも、視線はパソコンの画面の中にある株価や債券を追っていた。
 
 今回取り扱っている案件は、二つの証券会社の経営統合だ。

 悠也が一人で携わっている訳ではないが、経営が傾いている会社を買ってはどうですか?と発案したのは、悠也だった。

 発言の責任を取るというと語弊があるが、プロジェクトチームの中でも重要なポジションにいることには間違いない。

 それだけに、株価や債券などの資金調達のための情報はしっかりと把握しておきたい。

 めぐみのことだけを考えている訳にはいかないのに、なぜ彼女が頭の中から離れてくれないのだろうか。

 もしかして、自分がめぐみに執着しているがために見えた幻だったのかもしれない。

 そんな考えが頭に浮かんだ。
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