夏の花火があがる頃
 オフィスビルに到着して、幻の存在ではないことを認識した。

 新しく出来るらしいFURADAと呼ばれるコーヒーチェーン店の中で、彼女は一生懸命内装を整えていた。

 よくよく考えてみたら、彼女が今どこで何をしているのかという情報は全く知らない。

 悠也はガラス越しに、働く彼女をじっと見つめた。

「何か?」

 背後から声がして、驚き振り向く。

 愛想の良い笑みを浮かべた男が立っていた。

「いや、コーヒーショップが出来るんだなと」

「来週オープンなので、ぜひお越しください。これ割引券です」

 チラシを渡され、悠也はそれを受け取った。

「あの……」

「何でしょう?」

「彼女はここのショップの店員なんですか?」

 目の前の男は、一重の瞳を驚いたように丸くした後、めぐみを見た。

「彼女はインテリアコーディネーターでして、うちの会社から依頼をしただけです。残念ながら、あなたにコーヒーを提供する機会はないと思います」

「そうなんですね……」

「お知り合いですか?」

 その言葉には多少牽制のようなものが含まれているように思えた。

 彼も彼女のことが好きなのだろうか。

 久々に見た彼女は、あの頃よりもずっと元気に生きているように思える。

「いえ、別に」

 素っ気ない声が出た。
 
 自分ばかりがあの頃の幻想を追い求め囚われている。

 忘れていないのは悠也だけなのだ。

「彼女、僕の恋人なんですよ」

 足早に去ろうとした瞬間、悠也に男は言った。

 そのまますごすごと引き下がってもかっこ悪いが、戦うのはもっとみっともない。

「素敵な恋人ですね」

 それだけ言葉を添えて、その場を後にした。
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