夏の花火があがる頃
 その日は散々な一日だった。

 職場に到着した瞬間からトラブルの連続で、早く帰宅してゆっくりしたかったのにも関わらず、残業する羽目になってしまった。

 ようやく終わりが見えてきた頃「ちょっといいですか」と同じチームであり後輩の女の子である飯塚直子(いいづかなおこ)が泣きながら相談を持ちかけてきた。

 男性が多い体育会系の会社でよくやっているなと感心していたが、とうとう限界を迎えたらしい。

 どうやら睡眠時間が短いことと、書類の直しが多いことで精神的にいっぱいいっぱいになっているようだった。

 この会社は最初の三年間、地獄のようにきつい。

 決して彼女の能力が低い訳ではなかった。

「沢口さん……ごめんなさい」

 泣きながら謝る彼女を慰めつつ、仕事を片手間に話を聞く。

「それで、飯塚さんはどうしたい?」

「仕事辞めたくないです。絶対に成功させたい……」

 このまま結果を残せないままではいたくない。

 その気持ちがあれば、大丈夫だろう。

 確かに、この会社で使われる資料は、世間のニュースで映像が流れる時に使われることが多い。

 そのため、下手な資料を出してしまえば、会社の信用が一気に崩れ落ちる。

 何度も書き直しをさせられているうちに睡眠時間がなくなる。

 何度も書き直しをしていると、新しい案件が上から降りてくるので、能力がないと処理すらできない。

 悠也も入社してすぐの時は、あまりのきつさにトイレで何度も吐いたことがある。

 そんな地獄の日々を懐かしくも思いつつ、前を向こうとする彼女に「一緒に頑張ろうね」と声をかけた。

 残業を終えた時には、日付は変わっていた。

 終電もないので、タクシーを使って家まで帰る。

 こんな時、東京駅付近に引っ越して来た方が楽なのだろうと迷うこともしばしばだ。

「彼女、僕の恋人なんですよ」

 FURADAのコーヒーショップの前で聞いた言葉がこびりついて離れない。

 もう彼女を待つ必要もないのだろうか。

 彼女を追いかける理由などどこにもないように思えた。

 そうすると、あの家に住んでいる理由も、萌との結婚を躊躇する理由も一切なくなる。

 タクシーを降りて、マンションの入り口に入ると掲示板に「花火大会のお知らせ」というチラシが掲示されていた。

「……こんな時期か」

 この時期になると、頭が痛くなる。

 深くため息をついて、悠也はエレベーターのボタンを押した。
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