夏の花火があがる頃
 自分が倒れたと気がついたのは、ビルの中にある事務室の椅子で横になっていた時だった。

「めぐみ、大丈夫か?」

 悠也が心配そうな表情を浮かべて、めぐみの顔を覗き込んでいた。

 記憶の中の彼よりもずっと彼は大人びていた。

「……イベントは?」

「終了したよ。一応、めぐみの会社には連絡しておいた。勝手に調べてごめん。救急車呼ぼうとしたら、めぐみが起き上がって大丈夫って言ってたから事務室に移動させたんだけど」

「……大丈夫。ありがとう」 

「実際に会ったら、何か色々と話そうと思ってたんだけど、何も言えないもんだな」

 小さくため息をついて、悠也は言った。

「……」

「幸せなんだよな、今」

 うん、幸せだよ。

 その一言がどうしても音にならなかった。音にしてはいけない気がした。

 柏木と出会い、幸せなはずだったのに、悠也を目の前にして、罪悪感が募っていく。

「今日、送ってくよ。家はどこ?」

「いや……大丈夫」

「久々なんだ。そのくらいはさせろ」

 真剣な表情で言う悠也に圧倒された。

 あまりの気迫に、めぐみは頷くことしか出来ない。

 記憶の中の彼は、もっとめぐみに対して面倒くさそうな人物だったはずだ。

 面倒くさがりながらも、本当は優しい。

 そんな人だった。
 
 めぐみに対して必死になる人物では少なくともなかった。
 
 ビルの出口まで一緒に歩き「電車で帰るので大丈夫です」と消え入りそうな声で言った。

 正直、眩暈はしているものの、東京駅から池袋までのタクシー代を考えると、少し腰がひける。

 その表情を察してか、悠也は財布の中から一万円札を出してめぐみに差し出した。

「今日倒れたやつを電車でなんか帰せるか。変な意地はってないで乗れ」

 一万円札を受け取らないめぐみを、自分で止めたタクシーの中に押し込み、悠也は自分もそのタクシーに乗った。

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