夏の花火があがる頃
 その日の打ち合わせが終了した時には、既に夜の二十一時を回っていた。

 どうしたらこんなに時間がかかるんだ。と心の中で毒づきながら、家に帰る。

 池袋のマンションに到着し、自宅の扉を開いた瞬間、スマートフォンに着信を告げる振動が起こる。

 一瞬、萌からかと思ったが、どうやら相手は違ったようだった。

「もしもし?」

「あ、悠也。俺だよ、俺!」

 懐かしい声の持ち主は、中学校の頃に仲が良かった竹谷翔だった。

 慎吾と三人でよく一緒にゲームをした仲間だった。

 今は、大学病院で医師をやっている。

「いたずら電話なら切るけど」

「ごめんごめん。久々だから、ちょっとイタズラ心が」

「で、何?」

 疲れていたので、少々苛立った声が出た。

「クラス会やるんだけど、今年は参加する?」

「いつ?」

「八月三日」

 少々言いづらそうに翔は言った。

「パスするだろ、その日は」

「そうだよな。無理じゃないかとは言ったんだが、幹事から声だけはかけてみろって言われてさ」

 翔は悠也の機嫌を確認しながら、話を進める。

 彼は全て知っている人間のうちの一人だ。めぐみのことも慎吾のことも、萌のことも全て知っている。

「まあ、仕方ないだろ。忘れてくんだよ。みんな」

「……俺は忘れてないけどな」

 真剣な声色で翔が言った。

 あの頃、一緒に笑って、泣いて、叫んで、はしゃいだという経験を思い出しているようだった。

「ありがとうな……」

「今度、個別に飲みに行こうぜ」

「おう」

 明るい口調で電話を切った。

 ベッドの上に横になり、ため息をつく。毎日ため息をついてばかりだ。

 萌にメッセージを送らなくてはと、LINEのトーク画面を開いた。

 毎朝マメに送られてくる彼女の日常を読み、それについてコメントを書く。

 コーヒーを飲んだとか、メイクが上手くいっただとか、彼女の日常は暇そうだ。

「コーヒー美味しそうだね。俺も今度飲みたいな」

 無難な返事を送る。

 頭の中は他のことでいっぱいだと悟られてしまっては、厄介なことになる。

 このまま彼女と付き合っていきたいのかも分からないが、別れようという選択肢を選べないのは悠也がずるい男だからだ。

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