夏の花火があがる頃
 梅雨の日は憂鬱だ。

 日曜日だというのに、土砂降りの雨だった。

 萌の家に遊びに行き、彼女のオススメのコーヒーを飲んでいる。

 本当は一人になりたかったのだが、彼女との約束を悠也は立て続けに断っており、そろそろ埋め合わせはして欲しいとの彼女の要望を無碍にはできなかったのだ。

「でね。豆をブレンドしてるんだけど、こっちの方がコクがあって」

 自慢気に語る彼女は、バリスタの資格を取ろうかと本気で考えているらしい。

「すごいね」

「本気で思ってないでしょ!」

「思ってる、思ってる。俺は、萌のことを尊敬してるもん」

「嘘ばっかり」 

 リップサービスでも多少は嬉しいようで、彼女は満更でもないような表情を浮かべて話の続きをする。

 雨音が部屋の中に響き渡り、彼女の声が共に反響した。

 話し続ける彼女の声を一旦ストップさせたくて、悠也は彼女に質問を投げかけた。

「そーいや、萌の仕事ってまだ人材派遣の仕事やってんの?」

「続けてるけど?」

「そっか」

「何よ。プロポーズでもしてくれるの?」

「いや、そういう訳じゃないけど」

「そういう訳じゃないって何?」

 苛立ったように彼女は金切り声をあげた。

 このヒステリーが最も聞きたくない声だった。

「怒る必要ないだろ」

「怒らせたのは、悠也じゃない。私が結婚したがってるの知ってるのに、そんな意地悪ひどい……」

「ごめん。泣くなよ」

「泣いてなんかない……」

 瞳に涙を溜めながら、萌は悠也を睨んだ。

 なんで俺にそこまで執着するんだよ。と心の中でため息をついて、優しく抱きしめた。

「萌。俺、喧嘩したくない」

「私もしたくない」

「好きだよ」

 心のこもっていないこの言葉は便利な道具だ。

 毒針のように彼女に浸透していき、彼女は息を荒げていく。

 彼女の豊満な胸に手を添えて、彼女の唇に悠也の唇を這わせる。

 めぐみとは違う身体。

 瞳を閉じると、彼女がいた。

 抱きしめて、優しくしたい。

 彼女の全てを包み込むように、愛していると伝えたい。

「ねえ、悠也。今日大丈夫な日だから、そのままシテ」

 萌が喘ぎながら、悠也に囁いた。

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