夏の花火があがる頃
 母が消えたのは、めぐみがまだ幼い頃だった。

 めぐみは八歳だった。

「いいか、めぐみ。お母さんのようになってはいけないよ」

 当時、父の口癖は、母のようになるなということだった。

 めぐみが悪さをすると決まって父親は「あの女の娘だ」とめぐみのことを詰った。

 北海道の寒さの中、裸足で外に出されたこともある。

 今では虐待と言われニュースになるのかもしれないが、めぐみの幼い頃はまだそんな言葉もなく、男親が強く子供を詰れた時代だった。

 妻が消えた男とその娘。

 人を不幸にする女の娘。

 この娘はどんな風に育つのか。

 親戚一同、そのゴシップを何年も何年も楽しんでいるようだった。

 めぐみは父もその親戚も嫌いだった。

 消えた母のことはもっと嫌いだった。

 自分は同じようにはなりたくない。

 そんな気持ちでいっぱいだった。

 父に何も言われたくない一心で、学校に通っている時には必死に優等生を演じた。

 いい子を演じていれば、きっと愛してもらえる。そう信じていた。

 日に日に、母親に似てくるこの顔を、めぐみはずっと嫌いだった。

 父も自分を捨てた女の顔に似てくる娘に対して嫌悪感を抱いていたのだろう。

 家に帰ってくる頻度が減っていた。

 父に新しい女の人ができたと知って、めぐみは喜んで東京の大学に出ることを決めた。

 元々勉強は嫌いではなかったので、奨学金をもらうのに苦労はなかった。

 高校三年間、この日の為にこっそりアルバイトもしていたので、資金はあった。

 頑張っても父は自分のことを愛してくれない。

 そう思うと故郷を捨てる踏ん切りがついた。

 東京に出てからの日々は楽しかった。

 誰もめぐみの母親のことも父親のことも知らない。

 ただの篠原めぐみという人物として扱ってくれた。

 ここには誰もいないのだ。
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