夏の花火があがる頃
「篠原ちゃん、準備は進んでる?」
宮舘は心配そうな表情を浮かべて、めぐみの顔を覗き込んでくる。
「すいません。ぼちぼちです」
「もし迷うようだったら、少しアドバイスくらいならできるからね。一応、コンテスト入選経験者なんで」
めぐみの所属している会社がそこそこ仕事を取れているのは、コンテストで入選している社員が多いからだ。実力で仕事を取ってくる社員が多い中、もたもたしている訳にはいかなかった。
「ありがとうございます。もう少し、頑張ってからご相談に伺ってもいいですか?」
「もちろん」
宮舘は、頷いて自分の席に戻っていく。
非常に面倒見のいい上司に恵まれている。
結果を残せなければ、彼女に申し訳ないと思うのに、仕事に集中できなかった。
あれから柏木と連絡を取っていない。
彼からも連絡は来なかったし、めぐみからも連絡を取っていなかった。
このまま終わるのかもしれない。
そんな風にぼんやりと考えた。
どうしても言いたくない、言えない記憶がある。
それを乗り越えない限り、結婚はおろか恋愛すら進むこともできないだろう。
今回、柏木と付き合うという経緯に至ったことが、奇跡に近いのだ。
そもそも、結婚という制度を必ず遂行しなければならない人生などない。
大丈夫。
なんとかなる。
自分の中でそう言い聞かせたが、気分は全く晴れることはなかった。
その日も雨が降っていた。
コンビニで買ったビニール傘に、空から降り注ぐ大粒の雨がパチパチと跳ねる。
午後から田園調布に住む老夫婦の家に伺った。
バリアフリーにリフォームしたが、インテリアがリフォーム後の家になかなか合わないので、どうにかして欲しいとの要望だった。
「主人がね、なんでもいいだろうって言うんだけど、私が嫌なのよ」
依頼人の奥様は、高級なカップに入った紅茶を飲みながら、要望の中に自分の夫の愚痴を挟んでいく。
めぐみはそれを、ニコニコとしながら、話を聞く。
「仲がよろしいんですね」
「そんなことないわよ。散々働いている時に私のことを放置してきたんだもの。今更になって、あっちこっちついてきて邪魔よ」
眉を顰めて言っているが、彼女から旦那に対する嫌悪感は全く持って感じられなかった。
きっと結婚する男女は、なんだかんだとお互いを必要としているのだ。
実際に、めぐみは柏木が必要な存在なのだろうか。
「篠原さんはご結婚なさってるの?」
「いえ……私は」
「やりたいことをやっておかなきゃだめよ。結婚したら、突然、何にも出来なくなっちゃうんだから。それに結婚相手は、条件も大事だけど、居心地ね」
散々、旦那の悪口を言っておきながら、突然結婚生活の心得を話し始める彼女に、心の中で苦笑いをしながらも、めぐみは彼女の話を聞き続けた。