夏の花火があがる頃
 その夜も蠍座が輝いていた。

 悠也は次の年の二月に春休みを使って、海外旅行の計画を立てていた。

 それもただの海外旅行ではなく、ヨーロッパを何カ国も練り歩くというものだった。

 気ままに旅をする。それを考えるだけでワクワクした。

 なるべくお金を使いたくないという悠也に萌は不満があったようで、よく文句を言っていた。
 
 その文句も「一緒に萌も行く?」の一言であっさりとおさまった。

 アルバイトが終了して、帰宅する時にめぐみから電話がかかってきた。

「どうした?」

 彼女から電話がかかってくることなど非常に珍しいことだったので、悠也はすぐに電話に出た。

「あのさ。悠也」

「おう」

「相談に乗ってくれないかな?」

「……慎吾のことか?」

 悠也も同じように彼のことを心配していた。めぐみに対する執着は、少しばかり異常だった。

「今から会える?」

「いいよ。今から迎えに行く。めぐみはどこにいる?」

「池袋にいる」

「じゃあ、近くだな。サンシャイン傍にあるガストで待ち合わせしよう」

「わかった」

 場所を指定すると、彼女との電話を切った。

 悠也がアルバイトをしているコンビニから歩いて五分の所にある場所だった。

 めぐみは悠也が到着してから数分後にやってきた。

 長い髪の毛を揺らし、今にも折れてしまいそうな華奢な身体が、こちらに向かって来る。

 彼女の視線が悠也を捉えると、目海はホッとしたように笑う。

 どうしようもないほど、胸の中が苦しい。

「どうした?」

 感情をぐっと堪えて、平静を装う。

「うん。慎吾なんだけど、最近変だよね……。ごめん。悠也に彼女がいることは分かってるんだけど、私じゃどうしようもなくて」

 悠也との関係を疑われているのが、どうしても辛いので悠也からも話して欲しいとのことだった。

「いや、俺も話してるんだけどさ。本当どうしたらいいんだろうな」 

「最近、聞く耳持ってくれなくて……」

 悩みは深いようだった。

 解決策の出ないまま、二人で深いため息をつき、次第に他愛のない話を始めた。

 話を進めていくうちに、慎吾が悠也とめぐみの関係を疑った理由を悠也達は理解し始めた。

「ごめん。悩んでるのに申し訳ないんだけど、俺らめちゃめちゃ話し合うな」

「私も思ってた」 

 意外だった。

 見た目だけではなく中身までめぐみは悠也の理想そのものだった。

 ずっとこんな風に話し合える女性を待っていた。

 萌が物足りない訳ではない。

 まるで自分の欠けた一部を見つけた。

 そんな感覚だった。

 悠也の、そしてめぐみの一番近くで見ていた慎吾だからこそ気づいたことだったのだろう。

 その日は、朝まで話が止まらなかった。

 途中で小腹が空いて食べたポテトの味は、今でも忘れない。

 次の日、寝不足のまま二人で講義に出た。

 慎吾の前では一切会話をしなかった。

 疑われるような関係ではないのだが、お互いに、これ以上深く関わっては先に進んでしまうことを理解してしまったのだ。

「なあ、悠也」

「どうした」

「なんで、お前ら寝不足なの?」

「俺は、昨日バイト先の飲み会行ってオールしたから」

「ふーん」

 疑いの眼差しを向けられようが、気にせず普段通りの自分を装った。

 慎吾とめぐみの関係を崩したいと思っている訳ではなかった。

 だからこそ、普段通りに装うのが一番だと思ったのだ。

 廊下でめぐみとすれ違った時、どちらからともなく吹き出していた。

 昨夜の二人だけの時間が楽しかったと彼女の笑顔が物語っていた。

 それを遠くから慎吾が見ているとも知らずに。

< 34 / 75 >

この作品をシェア

pagetop