夏の花火があがる頃
 喧騒の街、渋谷。

 ここはいつ来ても変わらない。

 若いエネルギーが集まって、電子音と人々の声で静寂ということを知らない。

 ここに来ると、空っぽの心を隠してくれるようで少しだけ落ち着く。

 お前はどうしたいんだ?

 その質問を投げかけられないことを心から願う。

 聞かれたところで、何も答えられやしないのだ。

 詰られても、宥められても、答えは出ない。

 愛していると聞かれれば、そうだと答えるだろうし。

 別れたいと言われれば、分かったと答えるしかない。

 そんな風にぐるぐると考えていると、あっという間に柏木のマンションに到着してしまった。

 静かにため息をついた後、インターフォンを押す。

 きっと彼が優しい笑顔で出迎える。

 そして、中に入りなよと静かにめぐみを招き入れるのだ。

「ようやく来た」

 想像通り、柏木は優しい微笑みを浮かべて、めぐみを迎え入れた。

「遅くなってゴメンなさい」

「謝らないで」

 扉が閉まる。

 きっと泣くことはないと思うけれど、この瞬間を忘れることはないだろうとめぐみは思った。
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