夏の花火があがる頃
「転勤することになったんだ」
付き合う時の記念に買ったペアのシャンパングラスに洋梨のリキュールを入れて、それを飲みながら彼は今後の状況を淡々と話す。
アメリカ本部での新プロジェクトのメンバーに選ばれたとのことだった。
喜ばしいことなので、めぐみは「良かったですね」と笑顔で言った。
「一緒に行く?」
柏木の言葉が脳内に何度も響く。
この目の前の男は、まだ選択肢をめぐみに与えてくれるのだという事実に驚いた。
「無理はしなくてもいいんだけどさ。めぐみの人生もあるし、俺達付き合ってそんなに月日が経っているわけじゃないから」
「……うん」
「まあ、考えておいてよ」
イエスも、ノーも言わせず、柏木は来月、八月の頭にはアメリカのシアトルに旅立つことを教えてくれた。
どうすればいいかなど、皆目見当もつかなかった。
ただ、別れる気はないようだったことに、少しだけ安堵した。
自分のどうしようもない重たい部分を告げないで、都合のいいように柏木を利用しているようで罪悪感が募る。
しかし、触れてほしくなかった。
記憶の片隅にも残しておきたくない記憶。
そこに触れられる恐ろしさの方が、今はまだ勝っている。
次の日は休みだったが、その日の夜は、自宅に戻った。
真剣にめぐみとの関係を考えてくれている柏木と一緒に、一晩過ごせる気がしなかったからだ。
家に帰ると、散らかった部屋が目に付いた。
最近全く、家事に力が入っていなかったからだ。
コンビニで買った物のゴミが散乱としている。
めぐみは洗濯物を洗い、ゴミ袋にゴミを捨てていく。
埃の被ったガラステーブルを拭き、食器を全て洗い直す。
部屋が整えば、気持ちも整うような気がしたのだ。
部屋が片付いたのは、明け方になった頃だった。
朝日が部屋の中に差し込む。
気持ちは全くもって、整理されなかった。