夏の花火があがる頃
次の日、当たり前のように柏木はめぐみをデートに誘った。
昨晩の話など、なかったかのように振舞われると、アメリカに一緒に行くかと尋ねられたのは嘘だったのかもしれない。
めぐみが考えた都合の良い物語だったのかもしれなかった。
「今日は、どこか遊園地でも行こうか」
集合時間は午後三時。
舞浜にある有名なネズミのキャラクターがいる遊園地の前で待ち合わせだった。
北海道から東京へ出てきて最初に行った遊園地が、この場所だった。
懐かしさを噛み締めながら、めぐみは柏木と共にテーマパークの中へと入場する。
「めぐみは絶叫系得意?」
「苦手ではないですよ」
「俺はね、苦手」
真顔で言う彼に思わず吹き出す。
一緒にいると明るい気持ちになれる。癒される。
理由はそれだけでもいいのかもしれない。
めぐみの奥深くに眠る、過去に触れないでいてくれるのであれば許してくれるのであれば、一緒にいてもいいのかもしれない。
柏木のペースに乗せられながら、まるで遊覧船に乗りかのように人生をゆったりと眺めていくのも悪くない。
柏木は一切何も触れてこない。めぐみの嫌がることを敢えて避けて通る。
腫れ物に触るのではなく、本当になかったかのように。
「バカップルみたいに、変なやつ、つけてみる?」
テーマパークの中で、一緒に写真を撮ったり、食事をしたり、当たり障りのない会話をしながら過ごした。
彼と付き合っていき、このまま結婚すれば、幸せというものが手に入るのだろう。
そんな風に心の中でぼんやりと思った。
「楽しかったね」
柏木はめぐみの頭を撫でて、本当に楽しそうな表情を浮かべていた。
テーマパークには終園の音楽と共に、本日はご来場いただきありがとうございましたとアナウンスが流れている。
「そうですね」
めぐみはそう答えるだけでいっぱいいっぱいだった。
裏切ったわけではない、柏木のことを嫌いなわけではない。
この言葉に言い表せられない気持ちをどうやって表現すればいいのだろう。
大学まで出て、たくさんのことを学んだはずなのに、何一つわからない。
歯痒い。
「一緒に行く気になったら、連絡して。期限は八月末まで」
帰ろうかと言って、柏木はめぐみの手を引いた。
優しさに甘えてしまいそうになる。
一緒に行けば、めぐみを幸せにしようと努力してくれるだろう。
同じほど、めぐみが彼を幸せにすることは出来るのだろうか。
一緒に行くということは、結婚をするということだ。
許されるのだろうか。
あの日の出来事から。