夏の花火があがる頃
 電話は突然だった。

 花火大会が始まった頃、悠也は自宅のマンションに萌といた。

 マンションの外から見える小さな花火を、彼女と一緒に見ていたのだった。

 めぐみからの着信に、萌に気遣いながらもこっそりと出た。

 彼女から電話がかかってきたのが、初めてであったことと、慎吾と一緒にいるはずの彼女が電話をかけてくることに違和感を感じたからだった。

「どうした?」

 電話に出ると、めぐみは取り乱して泣いていた。

「慎吾が……どうしよう……」

「落ち着け。何があったんだよ」

「慎吾が……」

「……」

「トラックに轢かれたの」

 泣きじゃくっている彼女をどうすることも出来なくて「今から行く」と駆けつけることしかできなかった。

 萌には自宅に帰ってもらった。

 一体何が起こったんだと、混乱する思考の中で、ただ一目散に目的地へと向かっていた。
 
 病院の集中治療室の前では、泣きじゃくる慎吾の母親と、それを慰める祖母、放心状態のめぐみの姿があった。

 一目散にめぐみのいるところへ駆け寄り、彼女の隣に座った。

「どうしよう……私と一緒にいたのに……」

「大丈夫だから」

 悠也の姿を見つけると、少しだけ安堵したのか、緊張の糸が切れたのか、めぐみは涙と鼻水を垂れ流して泣いた。

 彼女の目は真っ赤で、瞼が腫れ上がっていた。

 彼女の手をしっかりと握り、慎吾の無事を祈った。

 何時間経ったのだろう。

 泣き疲れた女性陣の鼻の啜る音が静かな病院の中に響いた。

 花火が消え去った夏の夜は、花火の残り跡のように星空が広がっている。

 悠也が彼女の手を握りなおすと、彼女も悠也の手をしっかりと握り返した。

 今までどんな女性とも肌を合わせても、ここまでしっくりくる相手はいなかった。

 手を触れているだけで、なぜだか安心することができた。

「めぐみ」

「……」

 落ち込む彼女の頭を優しく撫でる。

 今、悠也が彼女にできることは、そんなことくらいだ。

 大丈夫だよ。

 慎吾は助かる。

 大丈夫。

 暗示のように何度も繰り返す。

 何時間経ったのだろうか。

 集中治療室の中から医者が出てきて「一命を取り留めましたが……」と渋い顔で出てきた時に、その場にいた全員がホッと息をついた後、続く言葉を聞いて絶望した。

「なんでうちの子が植物状態なんですか!先生!」

 慎吾の母親の子金切り声が病院中に響き渡った。
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