夏の花火があがる頃
 次の夏が来た頃だった。

 萌とは距離ができていた。

 彼女は辛抱強く待っていると言ってくれたので、その言葉に甘えていた。

 慎吾は相変わらず目覚めなかった。

 大学の授業が休みとなり、慎吾が事故にあってから一年目を迎えようとしていた。

 めぐみの様子がおかしくなった。事故のことを思い出してしまうからだと彼女は言った。

 慎吾の見舞いにはしばらく行っていなかった。

 目覚めない彼よりも、目の前の彼女の方が心配だった。

 花火大会当日、隠れ家にするには池袋の高層マンションは不適切だった。

 花火の音が聞こえると、めぐみは震えた。

 必死に堪えているが、明らかに今までとは異なって様子がおかしい。

 カーテンを閉めて、子供向けのファンタジー映画を大音量で流し、彼女をきつく抱きしめた。

 そのくらいしか悠也にできることはなかった。

「大丈夫だよ」

 何度も言った。

 囁いた。

 悠也の言葉がめぐみに届いているのかわからなかったが、彼女は必死に自分の体を押さえつけているようだった。

 尋常ではない震えが彼女を襲っていた。

 慎吾に続いて、めぐみまでが壊れてしまったら今度は悠也が立ち直れる気がしなかった。

「ねえ、めぐみ」

「……」

「旅行にでも行こうか」

「……」

「それかアイスでも後で一緒に買いに行こう」

「……」

 花火大会が終わり、夜中になるとめぐみは落ち着いた。

 自分の症状に自覚はないようだった。

 医者に行こうとか、そういうことは言わなかった。

 何もない。いつも通りのまま。

 あの夜、慎吾と何があったのだろうか。

 そんなことを聞けるはずもなく、花火大会の度に震える彼女を支えていくしかなかった。

 自分がどうにかできると、その時は本当に信じていた。

 慎吾が痰を喉に詰まらせて死んだと聞いたのは、夏が終わった頃だった。

 その次の日、めぐみも行方が分からなくなった。
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