夏の花火があがる頃
 蝉が鳴く。

 日差しが強い。

 世間一般は夏休みだというのにも関わらず、働き通しで倒れそうだった。

 しかし、その日は慎吾の家に足を運んでいた。

 彼の六回忌だったからだ。

 彼の母から話したいことがあると言われたのだ。

 うだるような夏だ。

 汗がじわりと纏わりつく。

 幼馴染の家は、実家から歩いて数分のところにある。

 久々に実家に帰った実家は、幾分かホッとできるものだった。

 母親に慎吾の家に行くと伝えると「手土産くらい持って行きなさいよ」とバナナの絵柄が描かれた袋を渡された。

 行きなれたマンションに到着し、インターフォンを鳴らすと、年をすっかり重ねた慎吾によく似た女性が出てきた。

 慎吾の母は、悠也の姿を確認すると、弱々しく微笑んで、彼を家の中に招き入れた。

 部屋の中は段ボールだらけだった。

「引越しをしようと思って」

 息子との思い出が溢れるこの家にいるとね、気が狂いそうになるの。

 忘れたくないって気持ちと、なぜあの子がという気持ちが混在して、苦しかったのだけれど、やっとふんぎりがついて……。

 淹れたてのコーヒーをすすりながら、彼女は穏やかに言った。

 慎吾の両親は、彼が幼い頃に離婚している。

 父親の暴力がひどかったことが原因だと慎吾は言っていた。

 たった一人で死んだ息子の面影を追いながら、もう数年。

 彼の死に苦しんでいるのは、悠也だけではない。

 そうなんですね。とただ、相槌を打つことしかできなかった。

 あの時、どうすれば慎吾を守ることができたのだろうと思うと同時に、夜通しめぐみと二人で話したあの夜のことが罪悪感として胸の中に押し寄せる。

 沈黙が続いた。

 しばらく経った時、慎吾の母は一冊の大学ノートを悠也に手渡してきた。

「これ、あの子の日記なの」

「……」

「本当は読んじゃいけないんだろうけど。唯一残ったあの子の形跡を追いかけずにはいられなくて……。あの子ね、自分で死ぬ気だったのよ」

「……どういう事ですか?」

 理解ができなかった。

 自分で死ぬ気だったという事は、自分で死んだという事なのか。

「読めばわかるけれど……一緒に付き合っていた子も巻き添えにしようと思っていたみたいで……」

 慎吾を轢いたトラックの運転手は即死だった。

 相手が死んでいた事で、誰を恨めばいいのか気持ちの行き場はなかった。

 悠也はノートをパラパラとめくる。

 そこには、めぐみに対する狂気的な愛と、憎悪、悠也に対する嫉妬がつらつらと書き殴られていた。

 もうコーヒーは冷めている。手をつける気にはなれなかった。

「この日記、俺が慎吾の形見として頂いてもいいですか?」

 静かに尋ねると、慎吾の母は小さく頷いた。

 目を向けたくもなかった息子の憎悪の感情を、手元に置いておく気にはなれなかったようだ。
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