夏の花火があがる頃
「ねえ、慎吾。信じて。私は……」

「うるせえんだよ!もううんざりだ。嘘ばっかりな女の言葉なんて、聞きたくない」

「嘘じゃない」

「じゃあ、悠也と夜通し一緒にいたのはなんだったんだよ!」

 吐き捨てるように慎吾が言った。

 めぐみが何を言っても信じないと決めたような表情だった。 

 嫉妬、軽蔑、疑心。

 全てが詰まったその表情をめぐみは説得できる気がしなかった。

 今回花火大会に誘ったのはめぐみの方だった。

 悠也を誘おうと思ったのは、慎吾に安心して欲しかったからだ。

 別れるつもりはないよ。

 ずっと一緒にいようね。

 悠也の前で宣言すれば、慎吾は安心するのではないだろうかと思ったからだ。

 心の中でたくさんの言葉を話すが、心の中の声が慎吾に届くはずもなかった。

「めぐみさ。お前、いつも被害者みたいな顔してるけど、お前が、加害者だから」

 吐き捨てるように言うと、慎吾はめぐみの腕を引っ張った。

 殴られると思い、怯え、慎吾を突き飛ばす。

 慎吾は金切り声をあげて、めぐみを罵倒した。

 恋人に吐くような台詞ではなかった。

 めぐみのことを愛しているよと囁いた人間とは別人だった。
 
 怖くなって逃げた。

 道路に車がたまたま走っていなかったので、めぐみは向い側の歩道に向かって走った。

 下駄が途中で脱げたが気にしている余裕がなかった。
 
 背後からものすごい音と、血飛沫が飛んできたのはその数秒後だった。
 
 振り返ると、電柱にぶつかって曲がった腕がめぐみの方へ伸びていた。

 大量の血と、割れたトラックの窓ガラスからは、もう一人の人間の血が流れていた。

「い……いやぁあ……」

 声にならない声が、喉を通り過ぎていく。

「人が轢かれたぞ!救急車を!」

 誰かが叫んだ。

 その声が頭の中に響き渡り、慎吾が何十キロというスピードを出していたトラックと衝突したのだという事実に気がついた。

「ゆ……悠也に電話しなきゃ……」

 震える手でスマートフォンを取り出した。

 紛れもなく自分のせいだった。

 慎吾を安心させてあげることができなかったからだ。

 ずっと加害者だったのに、被害者のふりをしていたからだ。

 その後、慎吾は管がなければ生きていけない身体になった。

 足繁くめぐみは病院に通った。

 目が覚めたら、慎吾に言いたかった。

「私が好きなのは、慎吾だよ」と。

 しかし、彼が目覚めることはなく、半年経った頃、ずっとめぐみを無視していた慎吾の母が口を開いた。

「あなたのせいよ。慎吾がこうなったのは、全部あなたのせい。よくも毎日平然とした表情で来れるわね。慎吾があなたに何をしたっていうのよ。私の息子を……」

「……」

 言い返せる言葉はなかった。

 当然の報いだ。

 こうなったのも、めぐみのせいだった。

「もう、二度と私たちの前に姿を見せないで」

 震える声で放たれた言葉は、めぐみが加害者であることを証明されたようなものだった。

 慎吾が、痰を喉に詰まらせて死んだのはその半年後だった。
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