夏の花火があがる頃
第12話 渡したい物
 今回の出張はタイのバンコクだった。

 日本と比べ物にならないほどの蒸し暑さが身体を覆う。

 この国に来るまで、悠也の中でタイなどの東南アジアは発展途上国のイメージしかなかった。
 
 先進国とそのもう一つのグループ。

 そんなイメージを払拭したのは、日本の空港と何ら変わりのない設備の整った空港に到着してからだった。

 最近読んだビジネス本の中に、どんなに優秀な人材でも世界への見方は二十年遅れているということが書いてあった。

 ビル・ゲイツと一緒に講演会をするような人物が書いた、十万部突破と電車の中にある広告に目を惹かれ購入した本だった。

 俺も二十年情報が遅れていたタイプか。

 そんなことをぼーっと考えながら、悠也はスワンナプーム空港の中を飯塚とともに歩いていた。

「暑いですね」

 飯塚がハンカチで汗を拭いながら言った。

 冷房が効いているとはいえ、蒸し暑さだけは拭えなかった。

 今回彼女と一緒に出張するのは、バンコクにある日系企業と日本の企業の提携を結ぶためだった。

 数年前から市場はアジアに移ってきている。

 日本国内の市場は、どんどん出遅れている。

 おそらく悠也が働いている会社は、日本国内の経済が傾けばあっという間に撤退し、経済成長の著しい国に拠点を移すだろう。

 今回はその予行演習のようなものだった。

 キャリーバックを受け取って、スワンナプーム空港の出口ゲートに到着すると迎えの人間がいびつな文字で「ようこそ」と日本語で書かれたボードを持っている。

 太陽によって小麦色に焼かれた肌、たれ目で背の低い男だった。

「ようこそ。バンコクへ」

 訛りの入った日本語で、彼は二人に挨拶した。

 大学時代にイギリスへ留学経験のある飯塚は、丁寧な英語で彼に挨拶をしている。
 
 ペペというその男は、宝石会社の社長秘書だった。

 淡水パールの生産で、一躍バンコク内で有名になったこの企業との提携がうまくいけば、まだまだ日本からも出来る仕事が増えていくだろう。

 国内にない市場は外に出てしまえば、いくらでも発掘できる。

 そんな悠也の思惑を感じ取っているのか、いないのか、妻と子供の話を楽しそうにする彼は、悠也と飯塚を見て「二人は恋人か?」と質問してきた。

「違いますよ。ビジネスパートナーです」

 悠也より先に、飯塚が答えた。

 荷物を車に乗せて、座席に乗り込むと、甘いバニラの香りがした。

 きっとめぐみはこの香りが好きだろうなと、彼女のことを悠也は思った。
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